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漢字一文字の旅  第一巻(第1編より第18編)

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十六の二  【虞】


【虞】、難しい漢字だ。
この字の中にある「呉」は、祝詞を入れた器を掲げ、舞い祈る形だとか。
ここから【虞】は、「虎」の皮を被って舞い、神を楽しませることらしい。
理解しきれないが、なんとなく、うーん、なるほどと納得してしまう。

そんな【虞】、音で(ぐ)、訓で(おそれ)と読む。この(おそれ)は、【虞】が軍事について神意をはかる意があるからだそうだ。いずれにしても格調高い。

それは今から二千二百年前のことだった。
項羽(こうう)は劉邦(りゆうほう)軍により垓下(がいか)で追い詰められた。
そして、四面楚歌。
その時に、項羽は愛する妻の虞(ぐ)に手紙を送った。

力 山を抜き 気 世を蓋(おお)う
時 利あらず 騅(すい) 逝(ゆ)かず
騅の逝かざる奈何(いかん)すべき
虞や虞や 若(なんじ)を奈何せん

これを意訳すれば、
私には気概は充分あるが、時勢はまことに不利。愛馬の騅(すい)も動こうとしない。どうしたら良いだろうか、騅を。
それに加えて、愛する虞(ぐ)、お前をどうしたら良いだろうか?

愛する妻に、俺は殺されそうだ。で、愛馬のほかに、アンタをどうしたら良いか? …って、まあ、いい加減な話しだ。
そんなの夫として、自分でもっとしっかり考えれ! チューの。
だが、この妻の虞美人(ぐびじん)は偉かった。

漢兵 已(すでに) 地を略し
四方 楚歌の声
大王 意気尽く
賤妾(せんしよう) 何ぞ生(せい)に聊(やす)んぜん

要は、虞は「あなたの意気尽きたれば、私はどうして生きておられましょうか」と返歌する。
そしてその後、この虞美人は、夫の男としての野望のために自分が足手まといになってはいけないと思う。
その後、剣で自害してしまうのだ。

それからのことだった。この虞美人が流した血のあとに、美しい花が咲いた。
人々は、その花のことを、
虞美人草(ぐびじんそう)…そう、別名:ヒナゲシと呼ぶようになった。

そして、二千二百年の時を越え、一九七〇年代に、
アグネスチャンは…その虞美人の女の悔しさを滲ませながら、力一杯に歌った。

♪♪ オッカのうえ ヒッナシゲの  ハーナで ♪♪ …と。

あの歌から、また歳月は流れた。そして、最近思う。
あれは虞美人の…ひょっとすれば、女の恨み節だったのではと。