小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

炎舞  第一章 『ハジマリの宴』

INDEX|4ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

p2



                 三
 
 五年後―――――――東京。
 人間が常に繰り返す、人間であるが故の愚かしさの象徴都市。
 そこは都内にある団地の敷地内だった。
 鉄筋コンクリート造の棟がいくつも並んでいる。言わゆるマンモス団地だ。同じ形をした棟が単調に並ぶ光景は、妙に味気ない。老朽化も進み、すっかり錆びれ果てている。
 すすけた壁面にひび割れたコンクリート。ベランダの塗装は剥げ、敷地内には雑草が生い茂っている。
 団地に人気はあまり感じられず、ベランダのカーテンや物干し竿は無く、おそらく空き室だと思われる部屋が目立つ。
 廃墟だと言っても過言ではない、殺伐とした一角―――――。
 そう、だからこそ〝この場所〟を選んだのだった。
 夜の帳が大地を包む。11月の夜の風は、肌に冷たい。
 冬を匂わせる風が彼女の黒髪を揺らし、襟から伸びる華奢な白い首筋を露にした。頭の高い位置にきつく結った髪は、さらさらと音をたて腰へ戻る。
 歳のころは十七~十八の美貌の女性。
 二重瞼に切れ長の目。左の目の下には泣き黒子。ロングコートの下から見える脚はすらりと長く、服の上からでもわかる豊満な胸元。高校生と呼ぶにはあまりにも大人びた身体であった。
 ブーツに舞った土煙を軽く払い、女性は辺りを見渡した。
 団地の横に作られた公園は、その無駄な広さとは裏腹に、捻じ曲がった木と遊具はブランコだけというかなりの空しさを放つ公園だった。ぽつりぽつりと立つ街灯も、その明かりを不測的に点滅させる始末。
「少し見上げればあんま離れてない所に近代高層ビルが見えるのに、まるで閉鎖された空間、ってカンジ。…まぁ〝私達〟みたいなのには助かるんだけど」
 小さく溜息を零しながら独り言を呟く。
「それにしてもあいつら…香を撒くのにどんだけ時間かかってるのよ! ヘタしたら姉さん達が先に来ちゃう―――――」
「お~い、終わったぞ~!」
 何処からか、応じる声が聞こえた。若い男の、低いが明るい響きの声音。
 しかしその声は遠くから響くのみで、本人の姿は一向に見当たらない。
「おい嵐、こっちだよ! 上、上!」
 視線を上げ声の方向を探ると、そこは団地の屋上。
 柵などは設けられておらず、住民は立ち入りできないであろうその場所に、都内の高校の制服を着た一人の男が立っていた。
 一歩踏み出せば地面へ落下してしまうギリギリの位置に立ちながらも、平然と笑いながら右手をこちらへと振っている。
「よっ」
 そして男は高さ40メートルはある団地の屋上から、ひらりと跳んだ。
 まるで猫を思わせる身軽さで、風に乗っているように空を切ってゆく。信じがたいことに、男は軽々と公園の地面へ着地した。勿論、怪我などは見られない。
「うお~今日けっこー寒ぃなぁ。嵐、ちょい人肌であっため―――――ゴフッ!」
 男のハグをすり抜け、嵐のアッパーは見事に彼の顎へと入った。
「いって! ちょっ、おまっ、冗談じゃねーか! オレの整った顔が歪んだらどーすんだよ!」
「元々大した顔じゃないくせに」 
 受けた攻撃で二、三歩よろめきながら、赤くなった顎を摩る。
 彼は軽口のつもりで言ったのだろうが実際、男は美男子だった。
 甘く端整な顔立ち。しかし獰猛な野生も潜んでいる。きりりとした眉に、ちらりと覗く犬歯は他人より長い。
「――――にしても遅いじゃない風間! 眠りの香撒くだけならすぐ終わるでしょう?」
「悪ぃ悪ぃ、ここの団地一帯はすぐに終わったんだけどよ。念の為もう少し広く撒いといた。ここの住民年寄りだらけだぜ、すぐに香が効いたよ」
「そういえば美世は? 一緒だったんじゃなかった?」
「あ? いや、分担した方が早いだろうって結構前に別れたぞ。まだ戻ってねぇのか? 何やってんだアイツ……」
 風間が呆れたような表情と声を返した時、公園の地面を小走りで駆けて来る音が聞こえた。タイミング悪く、公園の明かりは消えている。闇に包まれているその人影はこちらに向かって来ていた。嵐と風間が身構えながら食い入るように闇を見つめていると、
「あ、いたいた~! ごめん遅くなっちゃった~!」
 明かりがパッと点いたその下には、見慣れたセーラー服の女子中学生。
 甘栗色の髪をもつその美少女は、まるでデートの待ち合わせに来たような調子で二人の元に寄って来た。その屈託のない笑顔からは、天真爛漫さが見てとれる。
「お腹すいちゃって、コンビニで糖分補給してました~。エヘ❤」
「…いや、エヘじゃねぇし。晩飯5杯もおかわりしただろ? オイ美世、おめぇの腹全部胃袋だな、ハイ決定」
「む。風間ちゃんだっておひつごとおかわりしてたじゃん!」
「オレ、男だから! お前の場合育ち盛りって言っても限度あんだろ!? それでも女かよ。やっぱり飼い主が食い意地はってるとペットも似ちまうよなー」
「ガルーダはペットじゃないもん! 食い意地もはってないもん!」
 その美世の言葉に、風間のこめかみに青筋が走った。
「ほほ~…よく言うぜ。オレが大切にとっておいた円中屋の饅頭1箱! 〝オレのまんじゅー食ったら殺ス〟って忠告のメモ貼っといたのにも関わらず、棚から見事に消えてたんだが……オマエ知ってんだろ?」
「……え?」
 小首を傾げながら視線を逸らす美世。そして明らかに後退りしている彼女の頬をガッチリと掴む。
「無駄な抵抗はやめろよ。饅頭の箱のバラバラ死体がてめぇの部屋から発見されてるんだよ」
「知らな~い」
「饅頭の黒あん美味かったろ?」
「黒あんじゃなくて白あんだったよ! でも美味だった!」
「やっぱおめぇじゃねぇかよ!!!」
 ドゴォン!
「ああっ!! 私って純粋な子供ーーーー!!!」
 容赦なく蹴飛ばされた純粋で単純な少女は、ゴロゴロと土煙の中に消えていった。
「ったく、今度ゴキブリホイホイ買わねえとな」
「…ゴキブリなんだ…美世って…」
 腕組みをしながらブランコの柱に寄りかかって二人のやりとりを見ていた嵐は、ようやく収束(?)がついたことを確認し、ぽつりと呟いた。
 ふと、視線を左手首の腕時計におとす。時刻は、午前0時を過ぎた所だ。
 冷気を含んだ一陣の風が、嵐と風間の横を通り過ぎていく。
 ―――――突如、二人の顔に緊張が走った。
 普通の人間なら感じることのない、『氣』の流れ。
 風に混じって感じたこの『氣』は、二人には馴染みのものだった。その主は夜空から姿を現し、この二人よりも一際馴染みの者の肩へと降り立った。
「わっ、ガルーダ! おかえり~!」
 制服に付いた土を払いながら身体を起こしていた美世は、頬に擦り寄って来る大型な鳥の頭を撫でる。
 白鳥よりも大きな体をもつガルーダと呼ばれた鳥の全身は、陶器のような白さ。しかし、広げたら子供を包みこめるような巨大な翼だけは、夕日を映した茜色だった。
(ガルーダが来たってことは、〝奴〟も……!!)
 と、嵐がそう考えたところへ、
「――――いえ、彼はまだ来ていやせん」
 見透かしたかのように言葉が返ってくる。3人の背後にいつの間に現れたのか、まるで時代劇の中から飛び出したかのような、着物と袴姿の男が立っていた。嵐はふっと緊張を解き、男へと振り返る。