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看護婦の副業

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アレックスは悩んでいた。
自分がここまで大きくした会社が倒産の危機にあったからだ。
その原因は分かりきっている。
アレックスの昔の友人が設立した企業だ。
始めは小さな会社で、もはや市場を独占状態にしていたアレックスは見向きもしなかった。
しかし今年に入って急成長。市場の事実的な独占はできなくなり、今や均衡状態だ。このままではいずれ抜かれてしまう事だろう。
いくつか手を打っては見たがまるで効果はなく、それどころか悪化する一方だ。
逸その事殺してしまおうか。
アレックスはそこまで考えるに至っていた。
今日もまた頭を抱えながら家に帰る。足取りは重く、ふらついていた。
「どうかされましたか?」
家の前に女がいた。背丈が高く、深く帽子を被っている。
「どなたかな?」
アレックスは訊いた。
女は黒いコートをひらつかせてアレックスを見る。青い瞳が真っ直ぐに彼を見た。
「魔法使い。とでも言いましょうか」
不気味に笑う女。
関わらない方がいい、アレックスはそう思った。
「失礼。今はあまり時間がないので、話があるならまた今度――」
「悩みを抱えておられる」
アレックスが言いかけたのを女が止めた。
「……その通りだが、誰にでも悩みはある。では失礼」
鬱陶しく思いながらアレックスは言い、家に入ろうとする。
「その悩み、解決して差し上げましょう」
女は言うが、アレックスは聞く耳を持たず家に入った。
ドアを閉じて鍵を掛ける。
「あなたの悩みを言い当てましょう」
ドアの向こうからさっきの女の声が聞こえた。
「まだいたのか……」
アレックスは小声でそう洩らす。
「試しに言ってみてくれ」
違うと言って早く追い返そうと思っていた。
「最近急成長した大企業についてお悩みですね? しかも社長さんとはご友人だとか……」
アレックスは驚いた。言い当てた上に友人ということまで知っている。
ライバル会社の社長と友人という事は誰にも教えていなかった。何となく情けなかったからだ。
「確かにそうだが、どうすると言うのかね?」
ドア越しにアレックスは訊く。
「私が殺して差し上げましょう」
その言葉を聞いてアレックスは息を呑んだ。
「殺し屋か……」
「さあ? どうでしょう」
女は曖昧に返事をする。
「確かに死んでしまえばいい、とは思っている。我が社の危機だからな。だが、君にそんな事ができるとは思えない」
アレックスが言うと女はドアの向こうで不気味に笑った。
「心配いりませんわ」
女は自信ありげだ。何を根拠にそう言っているのかはアレックスには分からない。
「なぜ言い切れる?」
「わたしの殺し方は確実ですの」
「どうやって殺すのかね?」
「呪い殺すのです」
その言葉を聞いてアレックスは呆れた。深く息を吐く。
「ばかばかしい。帰ってくれ」
「でも確実で安全でしょう? 誰にも疑われられない」
女の言う事は確かだが、それは呪いというものが存在して成り立つ。
「そうかも知れないが確実とは言えない」
「ではこうしましょう。報酬は後払いで結構です。もちろん失敗した時にはお代はいりません」
「まだ頼むとは言っていないぞ」
「しかしこのままでは、今の様な安定した生活は送れなくなるでしょう。私の調査によれば、あの会社の後継ぎはまだ未熟な青年です」
アレックスは考えた。止まっていた気持ちの振り子が揺らぎ始める。
「今は答えがでない。明日また来てもらえるか?」
「残念ながらそれはできません」
ドアの向こうから即座に声が返ってくる。
「……分かった。いくらでやってくれる?」
考えた挙げ句、アレックスはそう答えた。
「二百万で結構です」
女は軽く言ったが、アレックスにとってはあまり気乗りしない額だった。
アレックスが知らないだけで、暗殺の代金はそれくらい掛かるのかも知れない。
「いいだろう。どのくらいの時間がかかる?」
「三ヶ月もあれば確実です」
呪い殺すのにはそれくらいの時間が必要なのだろう、とアレックスは思った。
「そうか……では三ヶ月後にまた来てくれ」
アレックスは言ったが返事はない。ドアを開けるとそこには誰もいなかった。

――――――――――――――――

三ヶ月後、いつものように会社に出勤したアレックスは慌てて社長室に入ってきた部下からライバル会社の社長が病死した、と聞かされた。
「まさか本当に……」
二百万という大金を用意してそう呟いた。
これで我が社は当分安泰だろう。後継ぎの若造などどうにでもなる。
帰路に着いたアレックスはそう思いながら口元が緩んだ。
「嬉しいですか? 社長さん」
家のやや手前のベンチに座った女に不意に声を掛けられた。
「おお……君か。まさか本当にやってくれるとは……正直、半信半疑だったよ」
言うと女は不気味に笑う。
「言ったでしょう? 確実だって」
女の言葉は根拠をまとっていた。
「うむ。約束の二百万だ。受け取ってくれ」
アレックスは懐から分厚い茶封筒を女に渡す。
「毎度あり」
受け取った女は特に中身を確認する様子もなくその場を去ろうとする。
「待ってくれ」
アレックスは女の背中に呼び掛ける。
「どうやって殺したんだ? まさか本当に呪いで……」
女は後ろ姿のまま、横顔を見せて魔女の如く微笑んだ。
――――――――――――
女はその足で病院に入る。
更衣室で白衣のナース服に着替え、患者のカルテがある部屋に入った。
「次は……っと」
膨大な量から一つ選び、中身を見ていく。
「IT会社社長……癌……余命半年ってところかしら」
女はメモ張に内容を記録して、微笑みながらその場を離れた。
作品名:看護婦の副業 作家名:うみしお