小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

新世界

INDEX|71ページ/154ページ|

次のページ前のページ
 

 それが新トルコ共和国に対して、私が提示した条件だった。軍務省の守旧派が五月蠅く抗議してくることは解っていたから、審議も経ずに新トルコ共和国と交渉を行った。新トルコ共和国からの回答はまだだが、ムラト大将の様子から察するに今週中には承諾の回答が得られるだろう。
「宰相閣下。由々しきことですぞ!? 軍務省はたった十日余りでシーラーズとエスファハーンも攻略した。今のうちに首都に攻め入れば、首都陥落も望める。それを……」
「この件に関して、私は卿等の意見を求めていない」
 私が独断で新トルコ共和国と交渉を行ったことを知ったフォン・シェリング大将一派が、宰相室に乗り込んできたのはつい先程のことだった。意見を求めていないという私からの返答に、フォン・シェリング大将は、顔を赤く染めた。一緒にやって来たクライビッヒ中将が、彼に変わって抗議する。
「閣下。独断でお決めになることはお止め下さい。このような重大事を軍務省での審議も経ずにお進めになるなど……。説明が無ければ、下士官達からも不満が出ます」
「勿論、軍務省で説明はしよう。しかしその場で、卿等の意見は不要だ」
「閣下! 閣下の愚行を陛下に申し上げますぞ!?」
「私は戦争による犠牲者を増やしたくないだけだ。それを愚行というのなら、卿の価値観が世間とは随分かけ離れていることになるな」
「今が新トルコ共和国を手に入れる好機であることは誰もが認めることですぞ」
「シーラーズならびにエスファハーン攻略に際して、我が軍がどれだけ損失を負ったか考えてみると良い。果たして我が軍は容易く彼の地を手に入れられたと言えるだろうか」
「帝国にはまだ充分な兵員が残っています。おまけに此方は将官を誰一人失っていない。まだ充分に戦える」
「新トルコ共和国の首都アンカラは、既にアジア連邦の軍が入っているという。帝国が戦争をして勝利を得られるのは、他国からの援軍が届かなかったこの戦いまでのこと。勝利の美酒に酔って、首都に兵を進めれば帝国は自滅するぞ」
「此方には策がある。宰相閣下、私はこの状態での終戦など認めませんぞ。陛下とて同じお気持ちの筈……!」
「フォン・シェリング大将の仰る策というのを、今度お聞かせ願いたいものです。さて、これから外務長官と会議があるので、お引き取り願えないか」
「閣下! 軍務省としての意見もお聞きなされ!」
「軍務省としての意見というならば、ヴァロワ長官を通して聞こう。そもそもフォン・シェリング大将、貴方がこうして此処に来たのはヴァロワ長官に許可を得てのことか。私はヴァロワ長官から何も聞いていないが……。もし卿が上官である長官からの許可も得ず、此処に意見を述べに来たのなら、越権行為ということにはなるまいか」
 フォン・シェリング大将は憤激に顔をますます上気させる。失礼する、と声を荒げて、宰相室を去っていった。今進めている新トルコ共和国との交渉を、彼の勝手によって白紙に戻すことは、何としても避けなければならない。
「閣下……。これでフォン・シェリング大将を完全に敵に回すことになりますが、宜しいのですか……?」
 フォン・シェリング大将の姿が完全に扉の向こう側に消えてから、オスヴァルトが気遣わしげに此方に歩み寄る。他の秘書官達も先程から茫然とこのやり取りを聞いていた。
「驚かせてしまって済まない」
「いいえ。そのようなことよりも、フォン・シェリング大将は影で自身の財力を使い、急進勢力に加担する人物に危害を加えていると聞きます。閣下の御身に危険が及ぶのではと……」
「フォン・シェリング大将は何も手出し出来ない。何か妙な動きをすれば、私の許に連絡が入るようになっている」
 自分の身ならどうにでもなるが、オスヴァルトや宰相室の秘書官達に危害が及ぶようなことになってはならない。そのため、フォン・シェリング大将の動向は、常に見張らせてあった。彼自身もそのことに気付いていることだろう。だから思いあまって、此方に乗り込んできたに違いない。
「閣下……。差し出がましいですが、あまりに旧領主層の彼等を押さえつけると、お立場が危うくなりませんか……?」
 オスヴァルトは、私の排斥を求める声が高まることを危惧しているのだろう。
 確かに、今後、フォン・シェリング大将を中心としてそうした動きが出て来るだろう。月末には立太子の儀も行われる。フォン・シェリング大将としてはその前にひとつ手を打っておきたいに違いない。
「大丈夫だ」
「閣下……」
「私なりに覚悟はある。全てを賭けて、私は新トルコ共和国との和平交渉に望む」
 そうして和平を成功させることでしか、私はレオンに顔向け出来ない。これはせめてもの償いだった。捕虜となったレオンや先の戦いで戦死した者達への。
 そのために私は全てを賭けることにした。和平交渉の後に、帝国の侵略を阻止する法律を作る。その二つさえ実行出来れば、私は宰相を辞めても良い。

 三日前のムラト次官との会談の後、それを決心した。ムラト次官は厳しい表情で、私と向かい合った。会談の冒頭で、彼はこう言った。
『宰相閣下は私との約束をお破りになった』
 と。以前、ムラト次官と会談した折、帝国は侵略をしないと明言したことに対しての発言であることは明白だった。その時、私は何も言えなかった。容易く謝って済む問題でも無かった。だから――、手短に用件を伝えた。
 新トルコ共和国領のエスファハーン以南の地を、割譲願う――と。それが捕虜釈放と終戦の条件だった。
 エスファハーン以南の地ではシーラーズが尤も資源豊富な土地であり、そのシーラーズは既に帝国の手に落ちている。新トルコ共和国は北部では鉱業が、中部では農業が盛んで、どちらもシーラーズ以上の豊かな資源を持っている。敢えてその地域の割譲は求めなかった。
 ムラト次官は黙って私を見つめた。何故、殊更にそれらの土地の割譲を求めないのか訝しんだのだろう。
『……今の条件を国に持ち帰り、政府側と相談してから決めたい。宜しいか?』
『ええ。新トルコ共和国が賢明な判断をされることを望みます』
『それから長官には人道的な計らいをお願いする』
『解りました』
 収容所の様子とレオンの体調のことを、担当医師から告げさせると、ムラト次官は幾許か安堵したようだった。
 自分のことが情けなく思えて仕方無かった。何故あのような卑劣な手段しか執れなかったのか。何故、フォン・シェリング大将をはじめとする守旧派達の意見をもっと制御しておかなかったのか。全てのことが悔やまれてならなかった。
 そして悔やんだからこそ、私はもう二度と後悔したくないと思った。こんな思いをするのは沢山だ。守旧派の声が大きすぎるというのなら、どのような手段を講じてでも彼等を抑えよう、たとえそれが私への非難となっても――そう考えるに至った。

 レオンが捕虜となって、もう十日になる。レオンは、帝都の端にある収容所の一室で本を読むだけの日々を送っていると聞いている。外界からの情報は一切遮断され、部屋から外に出ることは出来ない。
 週末にもムラト次官から回答が得られれば、来週の頭にはレオンを解放出来る。ムラト次官は必ず条件を飲むと言ってくる筈だ。


作品名:新世界 作家名:常磐