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新世界

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 外交官となってからも、私はさらに勉学に勤しんだ。外交関係の書物は勿論、政治、経済、文化と多岐に亘る書物を読み、知識を身に付けた。職務は多忙を極めており、母やミクラス夫人は常に私の身体を気遣ったが、成人してからは幼い頃のように発熱することもなくなった。環境に身体が慣れたということだろう。私が丈夫になる一方で、母が病み倒れ、一年間の闘病生活の後、亡くなった。身体に気を付けて務めを果たしなさいと、母は最期にそう言い残した。それは外交官として三年が経とうとしていた頃のことだった。
 優しい母を失ったことへの悲しみの癒えぬうちに、当時の宰相が老衰のため亡くなり、その人選のための試験を行うという報せが耳に入った。好機だと思った。私が試験を受けると言ったとき、父は言った。お前のような若輩者が受かる訳がない。お前は人より少し勉学が出来るから自惚れているだけだ、と。しかし受験した結果、合格した。その時父は非常に驚いて、そして一族の誉れだと言ってくれた。その時の喜びようといったら無かった。おそらくはこのとき漸く、私は父の子として認められたのだろう。

 さらにその翌々年にはロイが大将に昇進し、父の喜びはひとしおだった。
 それから一年後、父は他界した。私は立派な息子達に囲まれて幸せだった――と言って。
 去年、ロイが海軍の長官に任じられた。父はそのロイの姿を見ることが無かった。母が私の宰相となった姿を見ることが出来なかったように。



「宮殿に行った折、久々にフアナ様の姿を拝見した」
 皇女フアナは第一皇女で、私と同じように先天的に虚弱な体質であることから、あまり表に姿を現さない。27歳だが、年齢を経るにつれて身体が環境に慣れていった私と違って、殆ど外に出ることが出来ない。行事に参加することもなく、王宮の一角で静かに暮らしている。ロイが姿を見たということは、表に出ていたということで、随分具合が良いのだろう。
「珍しいな。私はここ半年ほどお姿を拝見していないが」
「何とかという療法が良かったようだとエリザベート様が仰っていた。……それにしても最近また先天的虚弱が増えているようだな。環境が悪化している証拠らしいが……」
「人々の環境に対する危機感が薄れつつあるということなのだろう。今度の国際会議で議題に上がるかもしれんな。……ところでエリザベート様にもお会いしたのか」
「ああ。マリと一緒に居たから少し話を」
「皇帝への報告を先に済ませてきたとはお前にしては殊勝なことだと思ったら、マリ様にお会いするためか」
「マリから偶に連絡は来ていたとはいえ、ひと月も会っていなかったのだぞ」
 ロイは肩を竦めて言う。
 ロイは第三皇女マリと親密な関係にある。第三皇女マリは23歳で、病弱な第一皇女と違い、快活な女性だった。快活という意味では、皇女マリの右に出る者は居ないだろう。宮殿は皇族の居住区と政務を行う行政区に分かれていて、皇族は皇帝を除けば、行政区に足を踏み入れることはあまりない。しかし皇女マリだけは行政区を自由に歩き回る。そのため、お付きの侍女が探し回るということはいつものことだった。
 ロイと皇女マリが初めて出会ったのも宮殿の表側――つまり、行政区にある中庭だったのだという。ロイはまさか皇女が行政区に居るとは思わなかった。皇族の姿は皇帝と皇后以外、メディアに上ることはない。宮中での行事に参加しても、当時、皇女マリは未成年であったため、そうした場に姿を現すことはなかった。そのため、ロイは中庭に居た皇女を官吏の一人だと思ったらしい。其処で言葉を交わしたのをきっかけに、二人は親密になり、ロイが今度は外で会わないかと誘ったときに、皇女マリはその身分を明らかにしたのだという。その日の晩、宮殿から帰るなり、ロイが深刻な面持ちで私の許を訪れた。皇女を好きになってしまった。これはまずいよな、ルディ――と。
 初めてそれを聞いたとき、些か驚いたが、ロイの様子から本気だということは良く解った。皇女マリは皇位第三継承者に当たる。第一継承者は皇女フアナとなっているが、病弱のため、第二継承者である皇女エリザベートが皇位に就くことになるだろうことは誰の眼にも明らかだった。皇女エリザベートは頭脳明晰の誉れの高い人物で、身体も丈夫であったから、彼女が皇位を継承することはほぼ間違いないだろう。だからといって皇女マリに継承権が無くなる訳ではない。皇女エリザベートが結婚し子供を授かるまで、皇女マリは第三継承者という重大な立場に置かれる。
 そして、皇帝は家名に拘る人物ではないが、守旧派は身分を重要視する。その意味ではロートリンゲン家の人間であるということは有利に働くだろう。新ローマ王国時代から、ロートリンゲンは八代に亘り、皇帝に仕えてきた。皇族に連なる者に加えて新ローマ王国時代からの従者――多くは武門――にはいくつかの特権が与えられており、ロートリンゲンもそれを得ている。帝国のなかでは名家といっても差し支えないだろう。もし皇女マリとロイが結婚するということになっても、さしたる問題は生じないだろう。
 まだ気の早い話だが其処まで考えてから、ロイに約束した。二人の仲を祝福する――と。二人は順調に交際を続けており、仲睦まじい様子はロイから話を聞くだけでも解る。二人の親密な様子を見るに、そろそろ皇帝の耳にも入れておかなければならないだろう。
「ひと月の任務、御苦労様、ロイ。暫くはゆっくりと身体を休めると良い」
 ロイは微笑して、ソファから立ち上がる。その時、開け放った窓からびゅうと強い風が吹いて、机の上の書類を飛ばした。散らばったそれを二人で苦笑しながら、拾い上げた。



「閣下。此方の処理を早急に頼みたいと、たった今司法省長官より申し入れがありました」
「解った」
 顔を上げ、一つ年下の部下から書類を受け取る。ふた月前に起こった事件の裁判内容だった。一人の男が専制君主制の廃止を訴え、改革を行うために地下で武器製造を行った。政治に絡む事件なので、当初から此方にも書類が回されていた。
 男の名をアラン・ヴィーコと言う。年齢は39歳で、前科も無い。彼は逮捕されてからも自分の主張を繰り返した。最早、専制君主は過去の遺物であり、国民は嘗てのように己の意志で選んだ代表者によって政治を行う民主政治でなくてはならない。武器を製造していたのは、強さなくして専制政治を打倒することは出来ず、また支持者も得られないからだ――と。彼の発言は一度この耳で直に聞いたことがある。彼の求める国家像は少々理想的すぎるきらいがあるが、筋道の通った正論ではあった。今、この帝国は議会があるといっても、内務省の一組織として形ばかりあるに過ぎない。議会で決めたことは、各省の長官が集う会議で議題となり、其処での審議を許に皇帝と宰相が決定する。議会を通せば時間もかかることから、各省の長官の提案が宰相を通し、皇帝の勅許を得るという形を取らなければならない。
作品名:新世界 作家名:常磐