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新世界

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 第一皇位継承者であった皇女フアナに引き続き、さらに次の継承者であった皇女エリザベートも死去した。ということは、現在における継承者は皇女マリということになる。つまり、皇女マリがいずれ皇帝と――帝国史上初めての女帝と――なる。
 女帝が誕生した場合、帝国の法律では夫となる男が女帝の補佐となることが決められている。それはつまり事実上の皇帝となる――と。
 ロイが皇帝と同じ権力を持つことになるというのか――。
「閣下……?どうかなされましたか?」
「あ……いや……」
「私はこれから内務省に行って参ります。携帯を持っていきますから、何かありましたら連絡を……」
 その時、誰かが来訪した。我に返って扉の方を見遣る。おそらくは侍医のアドルフ・ベッカーだろう。
「解った。それから私は今から侍医のベッカーから話を聞かなければならない。済まないが、各省への連絡も頼む」
「解りました」


 オスヴァルトが扉を開けると、ベッカーが狼狽した様子で現れた。彼に入るように告げて、椅子に座らせる。初老の医師は真っ青な顔色で、宰相閣下と呼んだ。
「私は……罰せられるのでしょうか」
「それは陛下がお決めになること。まずはエリザベート様の御倒れになった時と御逝去される前の御容態を知りたい」
 ベッカーの話では、風邪以外の症状は何も見当たらなかったのだという。事細かに事情を聞いても、不審な点は見当たらなかった。何者かが毒物を混入したのではないかとも考えたが、皇女の身体からは毒物も検出されなかった。
 では、ベッカーが自分のミスを庇うために嘘を吐いているのか――それも疑ったが、彼の話は辻褄が合っており、不審な点は何も無い。調べるほど、皇女エリザベートは突然死したとする見方が強まっていく。
「……事情は解った。しかし陛下は貴方の診療ミスを疑っている。私も陛下のお怒りが解けるよう尽力するが……、侍医を解任させられることは覚悟してほしい」
「それは仕方ありません。私も早くエリザベート様の御不調に気付くことが出来なかったのですから……」
 ベッカーは真面目で有能な医師だった。皇族の侍医に選出されたのもそうした評判あってのことだった。皇帝が冷静さを取り戻していれば、彼に責任を問うこともないだろう。だが、問題は皇女のことにある。溺愛していた皇女を立て続けに二人も失って、今は的確な判断が出来ない。正直なところ、侍医解任で済むことが出来れば良いほうかもしれなかった。皇帝は医師免許すらも剥奪してしまうかもしれない。
 ベッカーには暫く宰相室に留まってもらうことにした。医務室ではいつ皇帝に呼び出されるか解らない。そうなった時、彼の身の安全を保障出来なくなる。彼にはこの部屋で、突然死について調べてもらうことにした。皇女フアナや私のような虚弱体質ではなくとも突然死という現象は起こるのかどうか――彼はゼロではないと答えた。ならばどれぐらいの確率で現れるのか、いくつかの事例を挙げてほしい、と彼に頼んだ。納得できる材料があれば、皇帝も冷静な判断を取り戻せるかもしれない。

「ルディ」
 扉を二回叩いて開き、顔色を変えてロイが入室した。皇女エリザベートの訃報を聞いたのだろう。
「エリザベート様が御逝去されたと聞いた。何故、あの御方が……」
「突然死のようだ。私も驚いた」
 ロイは口を噤み、俯いた。何か話があるのだろう。そしてその話を私は薄々と解っていた。ロイは辺りを見渡す。部屋のなかにはオスヴァルトもベッカーも居た。そのことが、何故か私を安心させた。

 安心――?
 私は聞きたくないのだろうか。
 ロイはこう聞きたいに決まっている。皇女マリとの婚約に変更は無いだろうな――と。皇女マリが次の皇帝になることは、もうこれで決まったようなことで、そうなるとその相手を選ぶことに皇帝や皇妃も慎重となる。ロイとの婚約は白紙に戻されてしまうかもしれない。
 そしてそのことにもまして、私自身が複雑な思いを抱えている。ロイが皇帝と同じ権力を持つことになる。私の弟のロイが――。
「少し……良いか、ルディ」
 ロイは別室で二人きりで話をしたいと言い出した。そうなると拒むことは出来なかった。

 宰相室の奥にある私の専用の部屋にロイを通す。ロイは部屋に入るなり、私を見つめて言った。
「こんな時に自分のことばかりで悪いとは思っている。……だが教えてくれ。マリと俺のことは何も変わらないよな……?」
「……尽力する。それよりもお前は宮殿の護衛を固めるよう指示を下してくれ。何も無いとは思うが、国葬の際に間違いがあってはならない」
「解った。済まなかった」
 ロイはそれだけ告げると此方に背を向けた。部屋を出る直前、私の方を振り返り、こんな時に済まなかった、ともう一度謝った。
「いや……。お前が慌てるのも無理ないことだ。マリ様のことはまた延期になるかもしれないが、私も尽力する。……陛下が冷静さを失っている今、私もこうとしか言えない」
「そうか……。フアナ様に続けてエリザベート様と立て続けでは、陛下の御心痛も深いことだろう」
 そう言ってロイは宰相室を去っていった。
 ロイは決して権力を握りたい訳ではない。ただ愛した女性が皇女だっただけだ。しかもロイは出会った当初は皇女と知らなかった。
 ロイは権力に執着する人間ではない。ただ、愛しているだけだ。皇女マリのことを――。
 解っている。そのことは解っているが――。


「そのような調査結果を鵜呑みにしろというのか、フェルディナント!」
 皇帝の声がまるで雷のように部屋のなかに轟き渡る。皇女エリザベートの死に関する報告の最中のことだった。結論として突然死であると告げた時、皇帝は私を睨み付けて怒声を浴びせた。
「虚弱な体質でなくとも、突然死を引き起こす事例があります。また、他の医師に依頼し調べましたが、エリザベート様のお身体からは毒物も検出されず、不審な点は何ひとつ御座いません」
「診察ミスに決まっておる! その日の朝まで、エリザベートは何の変調も無かったのだぞ? 体調を崩し、それから数時間のうちに死んだ。これは其処に居るアドルフの診療ミスがあったに決まっていることだ」
「陛下。彼の行った処置も他の医師達の前に提示しました。彼等は自分が侍医の立場にあったら同じ診療を行ったと言っております」
「黙れ! フェルディナント、皇族の侍医という職責にある以上、何をおいても死を回避させなければならない責務を負っている。今すぐにアドルフ・ベッカーから医師の資格を剥奪し、皇族の命を軽んじた罪で投獄せよ!」
「陛下! どうかお気をお鎮め下さい。ベッカーをそのような理由で解任したら、次に侍医となる者が現れません」
「これは命令だ。逆らうというのならばフェルディナント、お前も同罪と見なす!」
「陛下……」
 現皇帝は思慮深い穏和な、それでいてきちんと自分の意見を述べる名君だと称せられてきた。ただ一点、皇女達を溺愛しすぎるということだけが欠点だった。まさかその欠点が、皇帝の長所を奪ってしまうとは――。
 ベッカーは黙って俯いていた。皇帝は彼をすぐに投獄するよう告げた。ベッカーは私を見、ゆっくりと頷いた。まるでそのことを覚悟していたかのように。
作品名:新世界 作家名:常磐