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新世界

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 言い放つと佐官級の三人は動きを止めて武器を捨てる。クライビッヒ中将がお前の上官は私だ――と彼等に言い放つ。
「裏切り者の命令など聞く必要は無い」
 フォン・シェリング大将が前方から言い放つ。
「ヴァロワ大将、皇帝を捕らえるという行為が如何に不敬な行為か解っているか」
「それが不敬な行為に値するというのなら、此処に居る全員を捕らえた後で責任を取る。フォン・シェリング大将、この帝国は三百年近く続いた。世界が大きく変わりゆくなか、帝国は皇室ならびに旧領主層の特権を拡張するばかりで、世界の変化を見てこなかった。宰相はずっと皇帝陛下や貴方に変化を求めてきた。そうすれば帝国は存続出来る――そう考えてのことだ。だが、貴方達はそれを踏みにじった」
「帝国には帝国のやり方があると、フェルディナントには常々言っておった。他国の風潮に流されてはならんと。皇室あっての帝国だ。その理念が崩れれば、帝国は崩壊する」
「陛下。情勢を御覧になってください。侵略戦争をはじめたばかりに、このような事態となった。もし宰相が反対を訴えていた時に止めていれば、貴方は今も宮殿で皇帝の座に居た筈です」
「フェルディナントやジャン・ヴァロワ、お前達が弱腰で、戦争に否定的だったから負けたのだ。言うなれば、お前達のせいで帝国はこのような事態となった」
「止めろ……」
 ハインリヒが絞り出すように声を出し、身体を震わせた。怒りに打ち震えているように見えた。
 何だ――?
 いつものハインリヒと違う――。
「ハインリヒ、マリを誑かしたお前も元凶のひとつだ。フェルディナントが反抗的な態度を取り始めたのもちょうどその頃からだ。有能な人間であればこそ後継者として指名したというのに、あれは私に盾突いた。共和国側の思想に汚されて……」
「兄は……、兄は貴方のことを罵ったことは一度も無かった……」
「今後は私を踏み台にしてのし上がっていくだろう。自分の英断が皇帝を退けたのだと言ってな」
「そのようなことを兄は何ひとつ望んでいなかった……! これから平穏に暮らしたいと……、政治からは離れて静かに暮らすのだと……」
「あのフェルディナントが政庁から去る訳が無い。穏やかなようで野心のある男だ。私に代わり、帝国を統治するつもりだろう」
「……貴方のような人間を、兄も……、マリも……ずっと庇い続けた。……だから……、貴方が過ちを認めてくれれば、許そうと思っていた。あの二人のように……。だが、俺はどうしても許せない……。貴方は最低の人間だ」
 ハインリヒの構える拳銃が震えていた。皇帝に照準を合わせ、引き金を引くようで――。
 殺しては駄目だ――。
「ハインリ……」
「兄は……、昨日、死んだ……。その死は、私と貴方のせいだ……!」

 フェルディナントが――。
 フェルディナントが、死んだ――?

 ハインリヒの指が引き金を引こうとする。咄嗟にその手を掴んだ。


「ヴァロワ……卿……」
「殺しては駄目だ。皇帝に罪を認めさせなければ……、フェルディナントも浮かばれない。フェルディナントは決してそのようなことを望んでいない」
 ルディは望んでいない――。
 ……ヴァロワ卿の言う通りだ。ルディは誰の死も望んでいない。皇帝によってあのような目に遭わされても、恨み言ひとつ言わなかったのだから――。
 殺してはならない。
 皇帝自身に罪を認めてもらわなければ――。
 ルディに一言でも謝罪を――。

 引き金に込めた力を緩める。ヴァロワ卿はそっと手を放した。
「……フェルディナントが死んだのか」
 その時、皇帝が僅かに表情を動かして問い掛けてきた。責任を感じているのかと一瞬だけ思ったが、違う。きっと皇帝は全ての罪をルディになすりつけるつもりだ。
「……昨日、息を引き取った。あのような刑務所に収監され、身体を弱らせて……。貴方が本当に皇帝だと名乗るのなら、ルディが最後まで宰相としての務めを果たしたように、貴方自身も責任を取るべきだ」
「帝国宰相としての責務を放棄したのはフェルディナント自身だ。あの愚か者が共和国の思想に毒されなければ、私は宰相を解任させはしなかった」
「兄は……、私によく言っていた。国土防衛のためではなく、他国侵略のための戦争を行えば、帝国は必ず滅ぶ――と。兄は最後まで貴方に眼を覚ましてもらいたくて尽力した。帝国は資源の乏しい国だ。長期戦には耐えられない。……そして、帝国が侵略をすれば他国がこぞって非難する。道義的な意味もあれば、帝国という巨大な国家を消滅させる好機となるからだ。兄も貴方にそう言った筈だ……!」
 ルディはよく言っていた。これから先は他国との強調が今にもまして必要になってくる――と。そのために、帝国自体がもっと開かれなければならない――と。

『皇帝と皇帝に近しい旧領主層が実権を握っているような国では、もう十年も持つまい。国民も政治に参加するような体制を整えなければ、帝国はいつか滅ぶ』
『……ルディ。危険思想だと非難されるぞ』
『そういう考え方はもう古いんだ、ロイ。……帝国の体制がこの状態を維持しようとするなら、国際会議も黙ってはいまい。国際会議に出席すると、あちらこちらから苦言が漏れ聞こえてくる』
『だが、体制を変えるといっても皇帝も旧領主層も黙ってはいないだろう』
『急激な変化には多数の犠牲が出る。漸次的な変化であれば、たとえ犠牲が出たとしても少ない筈だ。ロイ、帝国はもっと開かれた社会とならなければならない。国民に情報を開示し、議会に力を持たせて、国民の選挙と議会の力で法案を作ることが出来るような――。そうしなければ、帝国は滅ぶ』
 ルディとそんな会話をはじめて交わしたのは、ルディが宰相となって一年目のことだった。その頃からルディは常々言っていた。皇帝をも説得していた。いつだったか、酷く疲れた顔をしてソファで眼を閉じていた。どうかしたのかと問い掛けると、ルディは苦笑して、なかなか思い通りにはならないものだ――と言っていた。
 ルディはいつでも身を削って努力してきた。

「ヴァロワ大将閣下!」
 背後から声が聞こえてくる。振り返ると、カサル大佐はじめトニトゥルス隊の隊員達が此方に駆け寄ってくるのが見えた。彼等が漸く到着したのだろう。
 フォン・シェリング大将が皇帝を促し、この場から立ち去ろうとする。その後を追うように将官達が動き始めたのを、拳銃で制す。クライビッヒ中将、フォン・ビューロー中将達が両手を挙げ、降参する。
 残るは皇帝とフォン・シェリング大将、その息子のフォン・シェリング少将だった。その三人の後を追って駆け出すと、ヴァロワ卿が待て、と呼び掛ける。ちらと振り返ると、ヴァロワ卿はトニトゥルス隊のカサル大佐に向けて、此処に居る将官達を捕縛するよう告げているところだった。
 急がなければ――。
 皇帝達を見失う訳にはいかない。ヴァロワ卿には悪いが、角を曲がった三人の後をすぐに追った。

 銃弾が飛んでくる。それを避けて、すぐに銃を構える。そして俺の隣に人の気配がしたと思ったらヴァロワ卿が拳銃を構えていた。
 前方斜め前に向かって二発を放つ。フォン・シェリング少将の肩と足に当たり、彼はその場に蹲った。
作品名:新世界 作家名:常磐