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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「深淵」 最上の愛 第二章

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籾山が隠れていたのは一樹会の関係する場所ではなかった。兄貴と呼んでいた戸村翔太の息がかかっているスナックに店員として入り込んでいた。元町のネオン街にあるその店は山中組の経営だったが、ママをやっているのは一般人で警察から目をつけられるような店ではなかった。客も普通のサラリーマンたちで、綺麗なホステスを揃えていたからいつも満席になっていた。

「伸次くん、お水お願い!」
「はい」
「この子新人なの。伸次くんって言いますねん。覚えておいてあげてね」ホステスがそう客の男性に紹介した。
「ええ男やなあ。若いし・・・もてるやろ?」
「いえ、そんな事ありません」
「しょっちゅう来てるから、頼むで」
「おおきに、よろしくお願いします」

謙虚に客に対応していた。戸村から絶対にばれるな!と言い含められていたからそうしていたのだ。店が引けて掃除をしていると携帯が鳴った。あの夜一緒にいた子分の伊藤政則からだった。
「兄貴!探しましたよ」
「政則!なんで番号解ってん?」
「聞いたんですわ。おやっさんに」
「教えんといてってお願いしたのに・・・よう聞けたなあ」
「うそ言いましてん」
「騙したんか?」
「女使って真奈美さんの名前で尋ねましてん」
「悪いやっちゃあなあ・・・指落とされるで」
「言わんといてください。頼みますわ。何処にいてはるんですか?」
「言われへんねん」
「会いたいですやん・・・俺のことなんかどうでもいいんですか?」
「せやない・・・今はあかんねん」
「いつやったら会えますのん?」
「連絡するから待ってろ。いまスナックで働いて隠れてるから表に出られへんねん」
「ほんなら、客として飲みに行きますわ。店教えてください」
「考えとく・・・」
「絶対連絡くださいよ」
「ああ・・・」

このときの籾山の人情があとで仇になる。
電話を終えて表に出ると黒のベンツが停まっていた。
「乗れ!」
「兄貴!はい」
「夏海がパクられた。気をつけなあかんぞ、ええな」
「そうですか・・・なんで解ったんやろう」
「裏切った奴がおるな・・・見つけたら、絞めたる」
「俺がやりまっせ・・・教えてください」
「そのときはな、頼むわ」

車は夜の街に消えて行った。

95年1月3日絵美は東京駅にいた。待ち合わせをしていた翔太と会うためだった。小学校中学校と一緒に過ごしてきた二人は恋人というより双子の兄弟のような関係だった。父親の転勤で神戸に住んでいた翔太とはなかなか会うことも出来ずに一年に一度正月に会えるだけになっていた。早川絵美17歳、都立高校二年生。戸村翔太17歳市立高校二年生。絵美の父親は警察官、翔太の父親は通信会社勤務。一年ぶりに会った翔太はまた一回り身体が大きく逞しくなっていた。

「翔太!」
「絵美!」
手を振りながら二人は近寄っていった。
「また大きくなったね。逞しいわ、翔太は」
「絵美だって、どんどん綺麗になるな。怖いぐらいだよ」
「まあ、口まで逞しくなったのね、ハハハ・・・」
「本当だよ・・・おれ、この頃お前のこと今までとは違う気持ちになってきたんだ」
「どういうこと?」
「うん、好きって言うことかな」
「翔太・・・」
「絵美はどうなんだ?俺のこと嫌いか」
「バカ!そんな訳ないじゃん・・・」
「じゃあ、今日から兄弟じゃなくて恋人同士だ!」
翔太はそう言って絵美と手を繋いだ。今までとはぜんぜん違う感情が翔太の手から絵美に伝わってきた。

ホームを出て山手線の渋谷を降りるまで二人は黙っていた。話せないぐらいにお互いの気持ちが繋がれている手を通じて通い合っていたのだ。言葉なんて要らなかった時間になっていた。

「絵美は大学東大か?」歩きながら口を開いた。
「うん、そのつもり。翔太は?」
「迷っている。ちょっと遠いけど京大にしようかと思うんだ」
「それがいいわ。ねえ?来年二人とも受かったら、お祝いに旅行しない?」
「旅行か・・・二人で?」
「誰と一緒に行くのよ・・・いや?」
「そんな事無いけど・・・絵美は積極的だなあって思って」
「やらしいこと考えたんでしょ!バカ」
「違うよ・・・だって、そういうことだろう?」
「私は翔太としか付き合ったこと無いのよ。知っているでしょ?あなたは向こうで誰かと付き合っているの?」
「そんな事してないよ!俺だって、絵美だけだよ」
「なら・・・いいじゃん」
「わかった。そうしよう」
「嬉しい!あと一年勉強頑張らなくちゃ」

翔太はその日絵美の家に泊まった。もちろん別々の部屋で寝た。

「おばさん、おじさん、お世話になりました」そう挨拶をして翌日翔太は東京駅に向かって絵美の家をあとにした。新幹線のホームで列車が出るまで絵美は翔太の手を握っていた。車庫から列車がホームに入って来た時に、絵美は翔太にキスをした。

「絵美・・・」
「好き、翔太が好き・・・」
「うん、俺もだ。元気でな・・・来年楽しみにしているから」
「私も・・・おじさんとおばさんにもよろしくね。バイバイ」
「バイバイ・・・キスありがとう」
「ううん、私の唇忘れないでね・・・翔太」
「絶対に忘れないよ」

列車はホームをゆっくりと離れていった。絵美にとってこの日の翔太が最後になったと直ぐに知らされる。

95年1月17日
朝のニュースで神戸の震災を知らされた。それは絵美にとって衝撃の瞬間だった。
「翔太!翔太!生きてて・・・お願い!」
「絵美、大丈夫だ。翔太君はきっと大丈夫だよ。落ち着きなさい」父親はそう言って慰めてくれた。母もしっかりと抱きしめて絵美の気持ちを解ろうとしてくれていた。

神戸の町は長田区を中心に壊滅した。連絡が取れないまま一月が過ぎた。我慢の限界が来て絵美は母親と一緒に神戸の町を訪れた。知っていた住所を頼りに歩いてやっとたどり着いた場所は、瓦礫の山で何も建物は残っていなかった。
「お母さん・・・やっぱり翔太は死んだんだわ」
「絵美、なに諦めているの?これから尋ねて探すのよ。しっかりなさい!」
「うん、ゴメンなさい」

両親は就寝中に建物が崩壊して亡くなっていた。翔太の行方は尋ねたが警察も役所のほうでも解らなかった。まだ行方不明の捜索をしているのでそのうちに判明するだろうと返事をされた。一月も経っていて、行方不明ということに希望は無かった。雨が降ってきた。冷たい雨が震災の哀しみを集めて流してゆくようだった。