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天女は眠る

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眠る、眠る、天女は眠る。

眠り果てて、天女は嗤う。
















 私は白いベッドの上に、相も変わらずに寝転がっている。
 天井を見る。
 染みが一つも無い綺麗な天井だが、四隅の内の一つに小さな蜘蛛の巣が張っている。
 ・・・ああ、誰かアレヲ取ってくれないでしょうか、誰か、誰か。
 ガラリ、と云う音がして、看護婦が入って来た。
 看護婦は私の体を起こすと、酷く不味い食事を食べさせてくれ、また私を横に寝かせてくれた。
 私は看護婦に
「有難う御座います」
 と云った。
 蜘蛛の巣が気になる。
 
 フト、トテモ良い表現が思い浮かんだ。
 忘れて仕舞う前に、帳面に書き留めなければならない。
 早く、早く、早く・・・・・・誰か、誰か・・・・・・・・・。
 忘れて仕舞わない様に、私は何度も何度も何度も何度も、声に出してその表現を繰り返す。 
幸運にも、看護婦が入って来た。
 私は看護婦に、ツイ今し方頭の中に浮かんだ、素晴らしい表現を伝えた。
看護婦は、私の帳面を小さな棚の中から取り出してくれ、そこに私の伝えた文章を書いてくれた。
 私は看護婦に
「有難う御座います」
 と云った。
 看護婦が出て行って直ぐに、また世にも素晴らしい表現が頭の中に浮かんだ。
 ああ、一日に二回もコンナ素晴らしい表現が浮かぶなんて、何と運の良い事でしょう。
忘れて仕舞う前に、帳面に書き留めなければならない。
 早く、誰か来てくれないだろうか。
 早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く早く早く早く早く早く。
 忘れて仕舞わない様に、何度も何度も声に出して繰り返す。
 何度も何度も何度も何度も。
・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
喉が痙攣を起こして仕舞った様だ。
声を出す事が出来なく為って仕舞った。
ジッと天井を見る。
蜘蛛の巣が気になる。
目蓋が重い。
眠くて堪らない。
ああ、どうして誰も来てくれないのでしょう。
 私は眠って仕舞った。

 起きると、アノ素晴らしい表現をスッカリ忘れて仕舞っていた。
 私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。
 頬を涙が伝う儘にさせておく。
 ガラリ、と音がして看護婦が入って来た。
 私は
「どうして、早く来てくれなかったのですか」
 と云った。
 看護婦は私の熱を測り、一言も喋らずに病室を出て行った。
 右腕が幽かに痛む。
 
 私は白いベッドの上に、相も変わらずに寝転がっている。
 天井を見る。
 視線を下に落とし、白いシーツを見る。
 ベッドの上の白いシーツは、これ迄と変わらずに、中央だけが盛り上がっている。
 左足の爪先がズキズキと痛んだ。
 私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。 
 イッソの事、考える事を止めて仕舞おうか。
 だが、後から後から、物語の筋が浮かんでくる。
 自分では覚えて居られない程に、物語の筋が止め処も無く溢れて来る。
 私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。 
 
・・・ああ、どうして私には手が無いのでしょう、どうして足が無いのでしょう。

コンナにも素晴らしい表現と、筋が浮かんで来ると云うのに、ソレを書き留める手が無い。
手が欲しい。
足は無くとも構わない。
手が欲しい。
両方とは云わない。
左手が、左手が欲しい。
そうしたなら、私は自分一人で思う儘に小説を書く事出来る。
・・・ああ、手が欲しい。
手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい。
手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい、手が欲しい。
左手がズキズキと痛む。

私は看護婦に、
「どうか、私に手を付けては頂けないでしょうか、左手だけで良いのです。どうか、どうか」
と云った。
 看護婦は
「いけません」
 と云った。
 私は懇願したのだが、看護婦は遂に良いとは云わなかった。
 看護婦がシーツを整える為に、コチラに近づいた。
 私は跳ね起きると、ソノ首筋に噛み付いてやった。
 看護婦はヒィィィ・・・と叫び声を上げると、血を迸らせながら倒れ、ヤガテ動かなく為った。
 私は看護婦の左手を噛み千切ると、自らの左が在った場所に宛がった。
 左手が出来た。
 自由に動かす事が出来る。
 これは良い。
 私は死に絶えた看護婦の右手と、右足と、左足を貰う事にした。
スラリと長い足が在る。
細く伸やかな指が在る。
好きな処へ歩いて行ける。
 好きな時に、好きな小説を書く事が出来る。
 ・・・ああ、何と、何と素晴らしい事なのでしょう。 
 私は気に為っていた蜘蛛の巣を掃った。
私は今迄看護婦に書き留めて貰っていた帳面を見た。
・・・・・・・・・・・・。
あれ程素晴らしいと思っていた表現が、酷く稚拙なものに感じられて仕方が無い。
これは一体どうした事だろう。
あれ程浮かんで来た小説の筋も、今では全く浮かんで来ない。
私はソレが悲しくて泣いて仕舞った。
頬を流れる涙を掬う事が出来た。

・・・・・・あれから一向に筋が浮かんで来ない。
横では、芋虫の様に四肢が無い、看護婦の死体が腐っている。
全身の皮膚が爛れ、蛆が湧いている。
臭くて堪らない。
漸く手に入った足が在ったが、私はベッドの上で横に為っていた。
前と同じ様に寝転がって居たなら、素晴らしい表現や筋が浮かんで来る気がしていた。
長い長い時間を、ベッドの上で過ごした。
私は、特に足と云うモノが、必要の無い事に気が付いた。
手さえ在れば、小説は書けるのだ。
私は両の足を捥ぎ取ると、汚らしい様子を呈している看護婦に返して遣った。
看護婦は嬉しそうに、
「ああ」
 と云った。

 ・・・・・・折角手が在ると云うのに、書くべき筋が浮かんで来ない。
これでは、手が在っても意味を為さない。
手が無いのと何も変わらない。
そもそも、筋と云うものはどの様にすれば浮かんでくるのか。
今迄は、どの様にして居たのだったか。
右足の膝が幽かに痛い。
私は今迄、ベッドの上で横に為って考えていた。
すると不思議に、良い表現と、良い筋が浮かんで来たのだった。
だが、今はマッタク浮かんで来ない。
同じ様にして居るのに、ドウ云う事だろう。
あの時と何が違うのだろう、あの時と何が違うのだろう、あの時と何が違うのだろう。
折角手が在るのに、これでは意味が無い。
・・・あの時は手が無かった、足が無かった。
足を看護婦に返して遣ったが、マダ手が在る。
私は右手を看護婦に返して遣った。
看護婦は嬉しそうに、
「ああ」
 と云った。
作品名:天女は眠る 作家名:橘美生