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「お話(仮)」

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 ○

 雷鳴轟く豪雨の夜。
 突如、女の悲鳴が屋敷内にこだまする。
「パトリシア姉さん!? 一体どうしたの!?」
 声を聞いて駆けつけたクリスの眼前で、落雷の明かりが辺りの様子を照らし出す。
 書斎の入口で座り込む姉。飛び散った窓ガラスの破片。そして――。
「と、父……さん?」
 床に倒れたまま身動きひとつしない父の姿。
 すぐさま駆け寄り、抱き起そうとして、クリスは自らの手にべっとりと付いた血に気付いた。
「ひどい。一体、誰がこんなことを……」
 すると、父の唇がわずかに動き、絞り出すような、しかし確かな声で、彼は最期に呟いた。
「……アカイ……ケモ……ノ」

 落雷の音が再び周囲に響き渡る。
「クリス? オイどうしたクリス? 聞いてんのか?」
 頬杖をついた格好でふと我に返ったクリスの目に、浅黒い肌の男の顔が映る。
「ゴメンなさい。アタシったら……やーね、ちょっと昔のコト思い出しちゃって」
 その様子を横目に、男は半ば呆れた様子で肩をすくめる。
「父親の敵討ちもいいけどよ、あんまり入れ込みすぎんなよ」
「分かってるわ。それより、さっきの話だけれど……」
「おぅよ。お前のために取ってきた新ネタだぜ」
 散らかった丸太小屋のカウンターごしに、男はクリスに情報の一部始終を語った。
 この世界には“情報屋”という稼業が存在する。一般的に彼らは宿の世話から裏世界の動向まで、様々な情報を旅人達に提供することで生計を立てていた。
「化け猫ぉ?」
 男の話を一通り聞き終えるなり、クリスが口を開く。
「そうさ。クリスお前、昨日森で殺された男のことは知ってんだろ? 噂じゃ、その時飼い主を失った黒猫が、少女に化けて町を彷徨ってるんだとよ」
「ご主人様の敵討ち、ってワケね」
 そのまま無言で見つめ合う二人。
「まーさか! もぅ、マジメな顔して冗談言わないでよ」
 思わず吹き出した後、おもむろに真剣な表情になってクリスは続けた。
「それよりも、その“殺された男”について知りたいわね」
「構わねぇぜ」
 男は黙って手の平をクリスの前に出すと、黙って視線を壁の張り紙にやった。
《情報料:一律500Я(前払い)》 ※1Я=約10円 
「……高いわね」
 小声で唸り、クリスは宿代として財布に残しておいた銀貨五枚を男に手渡した。

 クリスが店を出たのは、もうすっかり日が落ちた頃だった。
「今夜は野宿かしら」
 所持金は使い果たした。行くあてもなく歩きながら、クリスはこれまでの情報をまとめるべく、男との会話を思い返していた。
(殺された男の名は“ロキ”。ここいらで一番の富豪ゴルゴンゾーラに仕える若者だ)
 ゴルゴンゾーラという名については、クリスにも聞き覚えがあった。
(一代で巨万の富を築いた宝石商……と言えば聞こえはいいが、ウラじゃ何かと良くない噂も多い。そのロキって奴だって、素性はそこらのゴロツキと大して変わらねぇさ)
「……ゴルゴンゾーラと愉快な仲間たち、ねぇ」
 おもむろに足を止め、クリスは視線を上げた。
 大通りの先で、十六夜月を背にそびえる石造りの豪邸。他でもない、かの富豪の館だろう。
「あら?」
 ふと、彼は屋敷の門の前に立つ人影に気付いた。目を凝らしてよく見ると、それは昼間出会ったあの少女の後ろ姿だった。
「また会えるなんて、やっぱりアタシ達、運命なのかしら?」
 しかし、近付く気配を察するや否や、少女はさっと身を翻すと、通りの反対側へ去って行った。
「ねぇ待って! 名前くらい教えて頂戴」
 衝動的に少女を追いかけるクリス。昔から足には自信があった。
「ふふ。鬼ゴッコなら負けないわよ」
 だが、相手の動きも予想以上に素早く、夜の町を走り回るうちに、彼はいつしか細い裏路地へと入り込んでいた。
「……」
 一瞬、クリスの視界に昼間の酒場の裏口看板が映った。
「この先は、確か行き止まりだったハズ」
 地の利はクリスの方にあった。そして。
「つかまえた」
 少女の後に続いて角を曲がり、クリスは呟く――が。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹