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てっしゅう
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「哀恋草」 第一章 戦乱の予感

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保元の乱以降後白河法皇の厚い庇護を受けて、平清盛を長とする平氏一門の栄華は始まった。一門の武将平勝秀が外に作った娘が居た。名前を光子(みつこ)といい、光(みつ)と呼ばれていた。公に娘と呼べない存在ではあるが、光には自分を愛してくれるたった一人の父であり、母を知らない光にとってはたった一人の身内でもあった。

時は治承4年(1180年)の9月。本家を後にして、光の暮らす離れを尋ねた父勝秀は、幼い光を抱き上げながらこう言った。
「光・・・父はのう、戦にゆかな、いかんようになった。お前をひとり残してゆくのがつろう思うが、堪忍してくれ。それ、いつも飯を世話しとるお久のいう事を聞いて、父の帰りを待っててくれ。良い子じゃ、解るのう?」

「父様、光は久どのをお慕い申して利口にしておりまする。いつ戻ってまいられるのじゃ?」数え5つの光は、平家の娘らしく気丈ではっきりと喋ることができていた。

「長くとも雪が降る前には戻ってまいるつもりじゃ。光は学問に励むのじゃぞ!」ハイ、と答えて光はそれまで抱き上げられていた父から解放された。傍に居た久は勝秀の方を見やり、二言三言言葉を交わすと丁寧に頭を下げ、旅立つ勝秀を見送った。

勝秀は齢40を超えている、晩年にある女性と恋仲になり光子をもうけた。京の外れにある小さな山村、和束村(わづかむら)で久子(お久)は光を世話していた。元々は武家の娘であったが、敗戦の将となった一族から逃れるようにこの山里に来た。茶で有名な宇治市に近いこの村は古くから朝廷に進上する茶を作っていた。わずかばかりの茶畑で働きお久は勝秀からの援助とあわせ、光をわが子のようにして面倒を見ていた。

頻繁に後白河邸に仕えている勝秀は宇治川沿いに馬を飛ばし平等院の南三里程の久の元へやってくる。いや光に逢いに来るのである。孫のような年の光を目に入れても痛くないほど可愛がっていた。光も優しい父勝秀との逢瀬が一番の楽しみであった。

三年後戦火に見舞われ激しい戦いの地となる宇治川周辺もこのときは静かな田舎の風情を保っていた。9月22日清盛の号令で維盛と郎党達は福原を出発し京で勝秀も合流し東海道を下って進軍した。源氏の棟梁頼朝を成敗するために兵を差し向けた清盛ではあったが、このときすでに彼の身体は病魔に冒され余命いくばくかの運命にさらされていたのである。

勝秀が見たところ平氏の軍勢は士気が上がらず、折からの西日本を襲った飢饉により兵糧不足が生じて今にも支離滅裂になって行きそうな進軍に見えた。

「このままでは、源氏の軍勢には勝てぬわい・・・命運も尽きたか・・・」
そんな覚悟を胸に、ただひたすらゆっくりと進軍していた。一月弱かかって富士川の西側に布陣した平氏軍はその数およそ4000。対岸に布陣している源氏、武田軍の数は20万。戦にならない事は目に見えていた。武田軍の夜襲に驚いた水鳥の大群が平氏の隊列を著しく乱し、半数は日が昇るまでに退散し、残った平氏の武将たちも具足すら置き忘れて、来た道を引き返した。

追っ手が富士川を渡り追いかけようとしたが、頼朝は兵を引き返し、鎌倉に戻って態勢を立て直すことが急務だと触れを出した。敗走する平氏軍は遠江国で立て直しを図るが兵糧もなく指揮が落ちた兵は散り散りになり消えうせて行くばかりだった。勝秀も悔しさを隠せなかったが、大将の身辺を警護して京に戻ってきた。その数わずかに10騎。あまりの敗北に福原に帰った維盛は清盛から叱咤された。

宇治側沿いに馬を走らせ光の元へと向かう勝秀は、いつしか自分が逃げ場を失う戦いに巻き込まれる事を痛切に感じ、光とお久の身の上を案ずるようになってきた。

馬のいななきを聞いて光は表に飛び出してきた。そしてそこには父がゆっくりと馬から下りている光景が目に入った。裏木戸からお久も顔を出した。日没に近くなっているから今日は泊まりだとお久は直感した。

「お帰りなさいませ。ご無事で・・・」お久は夕餉の支度をすると言い残して台所へ戻った。光は両手を高く差し上げ父に抱っこをねだった。娘を抱き上げる勝秀の顔に笑顔はなかった。

「父上!お顔が怖くなっておりまする。いかがなさいましたか?」
「うむ。これはすまんのう。光の事が心配で考え事をしておった。ところで父上と申したな?」
「はい、久殿に教わりました。光は久殿の言いつけを聞いてお利口にしておりました」
「そうか、そうか、良い子じゃ。今宵は父と夕餉を囲もうぞ。久しぶりじゃのう、寝食を共にいたすのは。そうじゃ!湯殿に一緒に父と入ろう。背中を流しておくれ」
「本当ですの!光が一生懸命父上のお背中を流しまする」

勝秀は光の嬉しそうな顔を見て堪えきれない切なさを感じていた。今宵はお久に甘えることにしようとこのとき心に決めていた。

久は数えで23歳の女ざかりであった。山里深く光と二人で暮らす生活には女として辛い事も感じていたが、命の恩人である勝秀の庇護を生涯忘れる事はなかった。全てを捨てて恩に報いる覚悟は出来ていた。光はとても明るく頭の良い娘であった。お久は読み書きを教え、作法を教え、武士の娘として恥ずかしくないように育てていた。何より勝秀はそのことが嬉しかった。

夕餉の前に湯殿で光と勝秀の笑い声が響く。
「父上のお背中は広うございまする。よいしょ、よいしょ・・・」光は一生懸命に手ぬぐいで擦っていた。勝秀は嬉しそうにじっとしていたが、光が疲れてきたことに気遣い、「もうよいぞ!満足じゃ。光は上手いのう、ハハハ・・・」と手ぬぐいを受け取り、湯船の淵にかけてざぶんと中に入った。光を抱き上げ自分の膝の上に乗せ頭を撫でてやった。染み一つない真っ白な光の身体を眩しくそして愛おしく感じた勝秀は、思わず強く抱き締めた。

「父上・・・痛とうござります・・・」
「すまん、すまん、光はほんに可愛い子じゃ。立派なお嫁さんに早ようなれると良いのう・・・父の望みじゃ。綺麗じゃろうなあ・・・」
「父上・・・光はお嫁に行きとうござりませぬ。ずっと父上のお傍で暮らしとうござります」
「何という事を・・・どこに居ってもそなたを忘れる事はないぞえ。光が父の全てじゃからのう」

本心からそう思う勝秀であった。

夕餉を済ませて光は寝所に入った。少しはしゃいで疲れていたのか、すぐに寝息を立ててしまった。

「お光殿は御休みになられました。お父上との逢瀬が余程楽しかったのでしょうね、すぐに眠られてしまいました」
「そうか、いつも寂しい思いをさせているでのう・・・久には感謝しておるぞ。そなたも辛かろう、今宵はわしの傍にいてくれ」
「はい、うれしゅうございます。久も寂しゅうございました・・・」

二人は光が寝ている部屋とは別の寝所に移った。山沿いの村にはもう秋を通り過ぎて冬の気配が近づいてきていた。勝秀は久の湯浴みを待っている間になにやら書物をしたためていた。そこにはひらがなで大きく光が読めるように書かれてあった。京に近づく源氏の兵士達がいつかはこの家にもやってくるに違いない。戦い破れて命が尽きる前に話しておきたい大切な事があったからだ。