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   ――  103  ――
「刻、起きる」
 そんな声が、オレの耳に届いた。
「なんだ、テメェ。勝手に入んなっつっただろうが」
「仕事」
「少しはこっちの話も聞きやがれクソガキが。どーせ櫻さんだろ。やるよやるよ。で、今回の内容は?」
 ソファから身体を起こし、テーブルの上の電灯をいじる。真っ暗な部屋に唯一の明かりがともった。
「おい、みよ。テメェは電気も知らねェのか? マイペースも結構だが、こっちの身にもなりやがれ」
「わたし、機械苦手。それに、刻は許してくれるもの」
「呆れて文句もでねェんだ、許してるわけじゃねェ」
 そういうことにしとく。と返答。否定するだけ無駄なことはこれまでの経験でわかっている。
 みよから受ける評価はもう諦めて受け入れるが、それでも溜め息は出てきた。
 頭を切り換えるため、首を強く回す。
「で、みよ。本題に移れよ。今回の内容は?」
「ない」
「ない!? ならなんで来てんだ。意味わかんねェ」
 大げさに肩をすくめ、ソファの背もたれに身体を沈めた。自然、オレの顔は背もたれの上で天井を向くことになる。
 すぐ目の前に、みよの顔があった。
 常に眠たげな半目、セミロングの黒髪。顔立ちは整っている方だと思う。
 じっと見ていると、
「刻、なに」
 表情を一切変えず聞いてくる。
「いや、よく見りゃ可愛い顔してるんだな、テメェ。久々にゆっくりテメェの顔見た」
 すると、なにが気に障ったのか顔を背けられた。
「……今日のご飯、まだでしょ。作ってくる」
 それだけ言い、台所へと向かっていった。勝手知ったるなんとやらとは、このことだ。
 やることのないオレは、古びたラジオの電源を入れ、適当な局に周波数を合わせた。雑音の乗った音がスピーカーから漏れ出す。
 キッチンから聞こえる音とラジオの雑音に耳を傾け、ぼうっと天井を眺めた。そのまま、すでに日課となっている自己の確認を始める。
 ――名前、大真賀刻(オオマガ トキ)。年齢、二十歳。性別、男。一人称、オレ。二人称、テメェ。
 櫻さんに決められた、自己の基礎。それを反復する。特に考えずやっていたが、いつの間にか日課として定着してしまった。今ではやらなけいと不安なほどだ。
 閑話休題。自己確認に戻る。
 自分の記憶を思い出せる限りの過去から現在まで、大雑把に概形を辿っていく。ふと、気付いた。
「なァ、みよ。今何時だ」
「九時くらい」
 調理に忙しいのか、振り向かないままの返答が届く。
「はァ? テメェなんでこんな夜中に一人で出歩いてんだよ。約束はどうした」
 八時を過ぎるなら、一人で歩いて来ないように言ってある。それを破ったら出入り禁止とも。
「ここに来たときは八時だった。だから大丈夫」
 みよの言っている内容がいまいち理解できず、言葉が出ない。そして、
「はァ!? テメェこの部屋入って一時間もなにしてやがった!」
「約束は破ってない。してたのは掃除。起きなかったのはあなた」
「ぐ……」
 ぐうの音も出ない。いや、『ぐ』とは言っているんだが。
「約束はわかった。だが、掃除を許可した記憶は――」
「寝てたときに聞いた。返答なしは了承と見なす。言ったのは刻」
 きっぱりとした態度。記憶を辿れば、確かにオレは言った。寝ているときはダメだと言っていない。つまりは、文句の付け所もない、と言うことか。
 パーフェクトだ。お手上げである。
「わかった、もう好きにしやがれ」
 まな板の上の鯉はきっと、こんな気分なのだろう。煮るなり焼くなりどうぞ。
「うん。してる」
 みよは料理に戻る。テキパキと準備を整える姿は様になっており、料理もそれに劣らないほどだ。
 オレはまともな食事にありつけることを感謝しつつ、日課へと戻った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「飯、ありがとな」
 みよが帰るのを送っている道中、オレはそう言った。
「私が好きでやってる。気にしなくていい」
 拒絶するような、硬い言葉。
「あァ、そうかよ。だったら独り言だと思って受け流してくれりゃいい」
 うん。とだけ返事が来た。
 それからはほぼ無言。こちらから話しかけても相づちくらいしか返ってこないため、盛り上げようもない。
 ゆっくりと歩くだけ。すると、みよの歩みがさらに遅くなっていることに気付いた。口には出さず、ただ隣を歩くに徹する。
「……刻。疲れた」
「テメェ自分から来といて疲れただァ? 我が儘言ってんじゃねェ」
「刻が寝てるのは予想外。いつもは八時に起きる」
「昨日の依頼内容がハードだったんだよ。しかも櫻さんが報告まで要求しやがったもんだから、さっさと帰りてェのに帰れねェしな」
「師匠に伝えておく」
「そうしろ。ちっとは従業員を労りやがれってな。櫻さんのことだ、それでも無理難題を平気で寄越すんだろうが」
「それはあなたにも一因。無理でもこなすから」
「そのせいか。とはいえ逃げるのは向ねェし、結局はクリアしか選択肢ねェな」
「…………」
「あ? どうした、突然黙りこくって」
「なんでもない」
 言葉のわりに、みよはうつむけた顔を見せようとしない。なんでもあるじゃねェか。そんな言葉が浮かんだ。
 こういうとき、みよはなにも話さない。ある種、彼女の中でタブーと化しているのだろう。
「そうか」
 努めて平静を装った、張りぼてのような声が出た。
「うん、そう」
 対照的に、みよの声はいつも通りだ。
 みよの鉄仮面が崩れたところを、オレは見たことがない。以前、櫻さんに聞いたところ、
『あるよ。ウチはそれを目の前で見た。あんときのみよちゃんは、大変やったよ』
 含み笑いと苦笑いを器用に両立し、そう言われた。未だにその意味はわからないが、きっと考え続けることに意味があるんだろう。
 そんなことを考えているうちに、みよの家に着く。
 小さな和風の屋敷。それが、今のみよの家だ。
「着いたぞ」
「うん、それじゃ」
 いつものようにそっけなく、みよは屋敷の門をくぐった。くぐってしまえば、あとは全て塀の向こう。
「さーて、櫻さんはどういうつもりだかなァ?」