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風間糀ニ郎
風間糀ニ郎
novelistID. 30887
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写真 part2

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娘の幸子が帰宅したのは、妻と二人だけの夕食後の片付けもとっくにすんでしまった時刻だった。

 元気のよい声で「ただいま~~♪」とリビングにニコニコしながら入って来て、「ごめんね 映画観にいってたの。  なんかね 悲しい物語で つい泣いちゃった!」 

 「聡さんと一緒だったの?」 と妻。

 「ウン  楽しかったわ! 彼ってね、意外と涙もろいのよ  でも『おれは泣いてない!』なんて言うの。

 可笑しくて・・」 と、今度はコロコロと笑い始める。  「なんていう映画だったんだ?」と言おうとしたら、

 「パパ 今日は一人で淋しかった?  あとで背中流してあげるからね!」

 「ん・・ ああ そうか。、」


 「またぁ・・・ 何度も言うけど、あんたもう25なのよ? どこの世界に『父親』と一緒にお風呂に入ってる娘がいるっていうのよ。  たいがいにしなさいな。。 まったく・・」 と妻は眉間にしわを寄せて本当にイヤそうな顔で小言を言った。

 「だってぇ・・ もうママったらぜんぜんパパのこと 大切にしてないじゃない?!」

 「そんなこと言ったって・・ それとこれとは・・」  親子喧嘩になるのがいつものことだった。

 私はといえば、、笑われるかもしれないが、この子に背中を流してもらいながら、今日あったことなど、他愛もない話を聞くのが好きだった。  

 幸子は妻の連れ子である。  血の繋がらない父と娘が風呂でいっしょ、というのはただでさえおかしいのだ。  いや、繋がってたって全くおかしい。  だが、この子が可愛くて仕方がないのは事実なのだ。

 明るく、屈託の無い笑顔でなにかと、「パパ~」と声をかけてくれる。

 その幸子の縁談・・いや、今時そういう言い方をするのかどうか、「パパ、ママ、今度会って欲しい人がいるの」と告げられたのが今年の葉ザクラが盛んな、春も一息という頃だった。

 五月の連休にはもうそのカレ、「西村 聡君」が挨拶にやってきた。

 これが父親の役目なのだ、とその時初めて世の中の父親の悲哀というものを知ったのだが。。

 鉄鋼関係に勤めているという、体格の良い青年は緊張のあまり、真っ赤になりながら、
そこに座ってから30分もたって「むすめさん あの  さちこさんを ぼくに下さい!」と
まるで怒ったように言ったものだ。  どうやら妻の美幸は彼をお気に入りの様子でウキウキしていたし
健気で人の良さそうな青年に、反対の理由は思い当たらなかったが、とりあえず、承諾の言葉は言えなかった。  

 かと言ってどこがどうだと反対というわけでもなく、そのあと4人で昼食の寿司をつまみ、幸子の分までほとんどたいらげて帰ったその男は、それから再々 遊びに来るようになった。


 そういう日々の中で、私は「あの頃」のことを思い出すことがある。

 若かった日々、私にも恋人がいた。  名前を「響子」と言った。 式部 響子・・

 少し古い映画を観るのが二人の趣味だった。  彼女を本当に好きになったのは、あの「ある愛の詩」というかつての大ヒット作を観た夜からだったなぁ・・   そんなことを考えていた。

 愛し合った二人に突然襲い掛かった 彼女の不治の病という不幸。  彼女を最後まで看取った彼・・なんていう役者だったっけ・・  でも最後のあの「名台詞」だけは憶えている。

 「愛とは決して後悔しないこと・・」と彼女の父親に向かって言ったあのシーンが甦った。

 その帰り道、響子は僕に言ったんだ。  

 「ねえ あたし今日からあなたのことを「オリバー」と呼んでもいい?  そしてあなたは、私を「ジェニファー」と呼ぶのよ(笑)  いいでしょ? ね? 二人で居る時だけでいいから。」

 「おいおい やめてくれよ いくら映画が良かったからって、おれたち日本人だぜ? そんなの恥ずかしいだろ・・  それに彼と彼女は結局 幸せにはなれなかったんだぜ?  」

 「いいの! そう決めたの!」と言い 長い真っ黒な髪を翻して、「フフフ・・」と楽しそうだった。

 明るくて活発で、そう とても美しかった響子という女だった。  おれは幸せを感じていた。

 初めてのキスも その夜の公園だった。  

 貧しかったおれたちは、それからお互いの部屋を行き来するようになり、やがて 一緒に住むほうがいい、ということになり、親にはナイショで、同棲が始まった。

 まさにそれは愛の巣というのに相応しく、おれたちはひとつの布団にくるまり、ほとんど毎晩のように愛し合った。  その幸せのようなものは永遠に続くと信じていた。   心のどこかに潜む漠とした不安を打ち消すのに、他にどんな手段があっただろう。  おれは大学。 響子はお勤め。 駅のプラットホームが向かい合わせで、必ず響子の乗る電車のほうが先だった。  

 電車が入ってくる前に 必ず響子の口がゆっくりと「オ・リ・バー」の発音通りに動く。

 そして首をかしげて手を振ってる姿を、轟音とともに、電車の無機質な車体がかき消す。  

 響子はそのホームにいる誰よりも美しかった。

 

  そう、春も間近いある日に突然の電話が鳴ったあの夜まで、そんな日々は続いたんだ。


 その晩 おれが彼女・響子に会ったのは、練馬警察署の遺体安置室だった。

 「ひき逃げと思われます。 現在 全力で犯人の捜索にあたっています。  まことに・・お気の毒でした

  同居なさってたという響子さんに 間違いはありませんね? 」と 係官が言った。

 おれは その声を虚ろに聞いていた。   きれいな「寝顔」のようだった。  


 「響子・・ 」  きれいな黒髪を撫でていたら、めまいのような悲しみが押し寄せてきた。

 黙って、顔を手で抱いて、額を押し付けて 声を殺して泣いた。


 多分、そのまま1時間以上がたった頃、警察の廊下が慌しくなり、響子の父母だという人や、同僚や友人と思しき人たちがやってきた。

 「響子ーー!!  きょうこーーー!! 」  おれはいきなりベッドの側から引き剥がされた。

 「あなたね?・・  あなたが 響子を・・  あんたが 殺したようなもんだわ!  このヒトゴロシ!  ひとの娘を   大事な娘を勝手に!」

 初対面の「母親」は そう言っておれをなじった。  まるで「犯人」にでも言うように。。

  次の日のおれの就職面接に着てゆくYシャツのクリーニングが済んだのを取りに出かけていった帰りの事故だったのだ。  青い一枚きりのネクタイも・・

  床につっぷして おれは泣いて 泣いて 泣いて  そしてご両親に謝った。 はいつくばって、床に頭をこすりつけて 詫びた。 罵倒され続けながら、詫びた。 

 「ジェニファーなんて 呼ばなければ よかった・・」   何度も 何度も そう心でつぶやいた。


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作品名:写真 part2 作家名:風間糀ニ郎