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春歌の場合〜一週目



一週目は、一十木君と一ノ瀬さんだった。

「七海、テーマとかどうしようか」

一十木君の質問に、昨日書き上げた資料を渡して答える準備をする。
作業は、事務所が借り切った高級ホテルのスイートルームで行うことになった。
各チーム1部屋。
どの部屋も出入りは自由。
どういう風に時間を使ってもかまわない、と言うのが事務所の意向だった。

社長から課題を渡された日、近くの喫茶店でこれから一ヶ月のことをざっくりと決めた。
まず、製作は一週間一チーム、を原則にする事。
足りなくなったら、その週のチームの曲を作っていない、隙間の時間を利用する。
一週目に名乗り出たのは、一ノ瀬さんだった。
びっくりした表情を浮かべたデュエットでペアを組む一十木君だったが、一ノ瀬さんの話を聞いて感心すると同時に納得した。

「最初の方が、他の人たちとは被りづらくなるでしょう。
 スピードが重視されている今回は、曲調が似る・テーマを先に取られる…そんな可能性を考慮すべきです」

確かにまだ手探りな状況で作られるのは時間のロスが発生する可能性が高い。
それでも、「新しく生まれてくるもの」の確率は「まだ何ものにも染まっていない、初期の頃の方が高い」と読んだのだ。
他は中々名乗り出ないため、じゃんけんで決めましょう、の四ノ宮さんの一声で決定された。

結果は、二週目が翔君・四ノ宮さんチームで、三週目が愛島さん。
最後の週が、聖川さん・神宮寺さんチームとなった。

次に、担当されない週の各チームは、作曲家がその週になってすぐ作業に入れるように「前準備」をすること。
歌詩を完成させていることは勿論、場合によっては楽曲のジャンルの指定。
考えられうる事は、確実に行うこと。

最後に、何かあった、もしくは間に合わない場合はすぐ事務所に連絡すること。

「ほうれんそう、だろ?分かってるよ」

翔君が呆れた声を出した。

「翔、これは当たり前のことですが、確実に必要になることです。
 私たちは仕事・レッスンをしながら作業をします。
 体を壊す可能性がないとも限らないし、仕事が追加される可能性も否定できない。
 だが、事務所からの課題は絶対です。
 これを乗り越えられないならば、事務所にいる必要はないでしょう」

一ノ瀬さんの厳しい一言に、わかったよ…、と反省した声で翔君は答えていた。
その言葉で険悪なムードにならなかったのは、「自分たちがプロの道への第一歩」を既に歩み出している事を実感しているからだと思う。
皆、レッスンだけでなく大小関係なく仕事をし始めていた。
日向せん…日向先輩や月宮先輩の後ろについていって見学、若しくはそのままサブで出演、…と様々だ。
何もしていないのは、多分、私だけ。

(本当に頑張らないと!)

自分で自分に気合を入れる。
彼らが光り輝くように。
音楽で世界が幸せになるように。
自分の出来うる限りの事を精一杯やりたかった。


荷物一ヵ月分はかなりある事をしみじみ感じた。
喫茶店での会議終了後部屋に戻って、とりあえず2週分の洋服と下着を海外旅行用のトランクに慌てて詰め込んだ。
勿論、課題で使うメモ帳やパソコンを忘れてはいない。
ノート型で十分いける、と言うことをこの前の休みで実体験済みだ。
標準装備されている作曲ソフトが頗る良いのだ。
卒業オーディション終了後、自分へのご褒美もこめて買ったのだ。
無理して買ってよかった、と思った。
備えあれば憂いなしだ。

食べ物はホテル側と事務所側が用意してくれるらしい。
その部分は気にしなくて済むのは、男性陣にとっては嬉しいことだろう。
ただ、料理が出来る場所はある。
気分転換に作ってもいいだろう。

荷物を運び込んで、ふぅ、と大きなため息をついてしまった。
まず、今日一日出来ることを考える。
今日は夕方まで一ノ瀬さんはレッスンと仕事で作業用の部屋に戻ってこれない。
一十木君は一日オフだ。

(今日中に、一十木君のソロがラフでもざっくりと出来るといいな…)

希望だ、私の勝手な。
昨日の今日でいきなり一十木君に作詞をください、は言えない。
元々、一十木君は作詞が苦手だと言っていた。
言葉が降りてきてくれないと、中々形に出来ない…とごめんなさいと言う表情とともに伝えられた。
卒業オーディションの時もかなり苦戦したらしい。

一方一ノ瀬さんといえば、早朝メールで

「今日一日空けられずすまない。終わったらそちらにすぐ向かう。
 その頃には、自分の中にある曲のイメージや曲調、進められれば作詞も渡せるようにする」

と伝えられていた。

「トキヤがそんなことを…俺も負けてられないな」

準備をすべて終えた一十木君が、一番広い部屋の机にノートとミネラルウォーターを持ってやってきた。
スイートルームの中は、ベッドルームが二つ。
お風呂が一つ。
化粧室が一つ。
個々人に与えられた机が三つ、別々の部屋にあり。
マンションで言うリビング部分に、少し大きめの、食卓に使える机が一つ。
部屋は合計八つあることになっている。

窓からのぞきこむと、眼下にはミニチュアの車が走り、人の姿は小さすぎて見えない。
物凄く贅沢な所だと思う。
兎に角、こんな事がなければ一生使わないんじゃないか、いや使えないんじゃないか、と思えるものだった。

「一十木君は、オーディションでもとても元気でさわやかな曲だったので…今回もそれで行きたいんです」
「そればかりじゃ駄目じゃない?」
「最初は”その人のカラー”を大切にしようかな、と」

私の言葉に一十木君はうーん、と考えるポーズをとって

「七海には、俺がそう見えてるの?」

と疑問を投げかけてきた。

「え?」

いきなりの質問で、つい素っ頓狂な声を出してしまう。

「いや、元気、とかさわやか…とかさ。俺…そういう、アイドル…っぽく見える…のかな?」
「え、ええ…」
「そ、そう…そうか…」

一十木君は、とても眩しい。
彼自身が太陽みたいで、キラキラしていて。
みんなを明るく照らしてくれる、力をくれる。
私はそう思っていた。

最初に声を掛けてくれた時も、恥ずかしい状況だったけれど、それでもその声の爽やかさに心がときめいてしまっていた。

「俺、もう一寸頼られる感じの、格好いい系がいいんだ」
「それって…今までみたいなのではないって事ですか?」
「出来れば…、折角の社長直々の課題だし。デビューしていないのにイメージを決めちゃうって言うのは、何か…こう…」

嫌なんだ、と言う言葉を小さく呟いて、一十木君は視線を下に向けてしまった。
私の最初の目論見は、露と消える。
耳の奥にあったラフの一つは、選択肢から削除せざるを得なくなった。
謝りながら、一十木君は申し訳なさそうに、昨日の会議の後部屋で書いたキーワードを書いたノートを見せてくれた。
そこには、「格好いい」「警察官みたいな」「時空を超える」「君を守ってあげる」「ずっとそばにいたい」等々、様々な言葉が書き連ねられていた。


守ると言う事が格好いい感じなのだろうか…、と私は思う。

「あのさ、こう、…西部劇みたいな?あんな感じが良いんだ」
「せ、西部劇、ですか?」
「そう、銃でバンバンって感じの」
「は、はぁ…」
作品名:tremolo 作家名:くぼくろ