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花火と指輪と夏祭り

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祭り独特の熱気と喧噪が、鳥居をくぐる前から漂ってくる。
 田舎の祭りに来るのは久しぶりだ。そもそもここを訪れること自体、もう七年ぶりになる。
 母方のばあさんが亡くなって以来、七回忌の今年まで一度も来なかったのだから不義理なものだろうか。
 それでも十の時にかわいがってくれていたばあさんがいなくなったという事実と、家族で田舎に行くことへの思春期独特の抵抗感のようなものが、足を遠ざけていたのだ。
 幼い頃に来たとき以上に小さく感じる祭りだが、それでも狭い参道に屋台と人が集まっているところをみると、それなりに盛況なのだろう。
 たこ焼きだか焼きそばだかのソースのにおいに腹の虫が騒ぎはじめる。
 俺は目に付いたたこ焼きとコーラを確保すると、鉄板と人の体温で燻される参道を早々に離脱した。
 少し離れた雑木林までは熱も届かず、良い風が木々の間を抜けていく。藪蚊がいない……ことはないだろうが、もう家を出る前に振った虫よけスプレーの効果に期待をするしかない。
 俺は適当な木の陰に腰を下ろすと、黙々とたこ焼きを食べ始めた。
 たったひとりで祭りに足を運んでまでたこ焼きを頬張るほど、俺は祭りがすきなわけでもない。
 ただ、暇だったのだ。
 子供の頃に夏ごとに遊びに来ていたとは言え、田舎の子供からしてみれば俺はなじみのない「都会っこ」で、遊びの輪にはとけ込めなかった。だから取り立てて友人といえる相手もいないのだ。
 そういえば、俺と同様に輪に入りそびれた子供がいて、たまに遊んでいたような記憶もあるが、田舎に来なくなって久しい俺は、もはやその記憶すらおぼろげでもある。
 所詮田舎の思い出といってもその程度なのだ。
 まあ親戚の集まる母屋にいても今は息が詰まるだけであるし、夏の風物詩と割り切ってせいぜい堪能してみようというだけだ。今日は花火もあがるらしいし。
 最後の一つのたこ焼きを口に運ぼうとしたところで、ふと目の前に立つ子供と目があった。五歳児位の男の子だ。
「……食べたいのか?」
「うん」
 随分しっかりした意思表示をするお子さまだ。まあいいかとその手のひとつを差し出した。
 その子はぱっと目を輝かせてたこやきをぱくりと一口で飲み込んだ。案外でかい作りだったのだが子供の口でよく入ったものだ。
 もぐもぐと口を動かしている少年を見ながら、ふと気になったことを尋ねてみる。
「おまえ、親は? ひとりで来たのか?」
「はぐれた」
「迷子かよ!」
 口の中をまだたこ焼きでいっぱいにしたまま端的な返事が返ってきた。
 そのあまりに堂々とした態度に、がくりと肩が落ちる。迷子というものはもう少し不安がって泣いたりと、殊勝なものじゃないのか。
 しかし聞いてしまったからには放置するには心苦しい。
「あーもう、親が心配するんじゃないのか。ちゃんと飲み込んだら探しに行くぞ」
 もぐもぐ。こくり。
 俺がぱたぱたとデニムの尻をはたいて立ち上がると、素直に少年は後ろをついてきた。



 いくら小さい祭りとはいえ、迷子の親探しはなかなかに骨が折れるだろう。迷子センター的なものがあったかどうかと考えながら人混みの中に戻る。少年が目立つように肩車をしながら歩いていると、親を探しているんだか、屋台を見ているんだかという声ばかりが聞こえてくる。
「お前、ちょっとは真面目に探せよ」
 揺さぶって警告を発そうとしたところで、ようやく頭の上で「あっ」という声がした。どうやら見つけたらしい。
「おかあさん!」
 呼ばれた女性は、子供の名前を呼びながら人の間を縫って俺のところに駆け寄ってきた。
 しきりに礼を告げる母親に、まったく悪びれもせず無邪気に手を振る少年を引き渡して、ここでお別れだ。
 いくら暇だとは言え、別にトラブルを背負い込みたいわけではない。
 疲れたのでかき氷でも食って退散するかと思っていると、くいとシャツの背が引かれた。
「ん?」
 何かにひっかけでもしたのかと思って振り向くと。俺のシャツを引いていたのは、浴衣姿の少女だった。
「あたしも迷子なの」
 にっこりと笑って言う少女の年は、俺と同じか少し下くらいなものだ。
「いい年して迷子は認めない」
「ひどいな。ひとりで暇そうじゃない。少しくらいつきあってよ」
 新手のナンパか。
 そう思って声をかけてきた少女を改めてまじまじと見る。
 白地に朱色の曼珠沙華の染めぬかれた浴衣をきれいに着こなし、真っ黒な髪の毛をゆるく結い上げている。
 都会では案外着崩れた浴衣姿をよく見るが、すっきりとよく似合っていると正直なところ思ってしまった。
 そして、その顔を見た瞬間に、ふと何かのデジャヴュのような感覚にとらわれる。
 この顔、雰囲気、どこかで……。
「どこかで会ったことあったっけ?」
 思わずこぼれた言葉に、少女の方がきょとんとした顔をした。それから、けらけらと笑い出す。
「君の台詞の方がナンパの常套句じゃない?」
「ん? いや別にそういうつもりじゃ」
「いいよ乗ってあげる。さあどこ行こっか」
「だから! ナンパしてきたのそっちだろ!」
「そうだなー、金魚すくいとかいいなあ」
「人の話聞けって!」
 ぐいぐいと彼女は俺の肘をつかんで屋台の並びに突撃していく。随分強引なことだ。母もそうだが、冷え性の人の手の冷たさのようで、少し驚いたけれどこの暑さには少し心地良いくらいだった。
 結局りんご飴どころかわたあめ、金魚すくい、ヨーヨー釣り、チョコバナナ、ありとあらゆる屋台に目を輝かせた。さっきの男の子とたいして変わらない。俺はすっかりデートよりも子供連れで祭りに来た気分になっていた。
「そんなに食べたいなら買えば?」
 彼女はあれが欲しいこれがいいと言う割に、屋台を冷やかすだけなのだ。
「お財布忘れちゃったの」
「はっ!?」
 さらりと当然のように言われた言葉に、思わず大きな声が出た。何しに来たんだホント。
 芝居がかったしぐさで彼女はこくりと首をかしげた。
「買ってくれるの?」
「なんで俺が」
「だと思った」
 言いながらくるりと踵を返してまた屋台を眺める。
「随分諦めがいいな」
 強引な割に妙に引き際が良すぎて拍子抜けする。
「見てるだけでも楽しいからいいの」
 そう言う横顔が、どこか寂しげでそれでも瞳を輝かせていて、俺はそれをやっぱり知っているような気がした。
「あ」
 彼女が小さな声を上げて、ゆっくり見て歩いている屋台の前でことさら足を止めた。玩具屋の前だ。
 色とりどりの硝子の指輪が地面の一角に並んでいる。仄かに橙の電球の灯りを時折ゆらゆらと返していた。
 小学生の女の子のように、彼女はそのチャチな玩具の指輪を眺めてた。真っ赤な硝子のついたひとつを手にとって、指にはめることなく柔らかな電球の明かりに透かす。一粒の大きな硝子は、ルビーより明るい色で、うっすらと向こうを透かしてきらきらと輝いた。
 ほう、とひとつため息をつくと、そのまま元の位置に指輪を戻した。
「いいのか」
「うん」
 すぐに頷いたわりに、さっきまでとは違ってゆっくりと立ち上がって俺を見上げた。
「そろそろ花火始まるかな。行こ!」
 それからまた最初の時と同じように、強引に俺を引っ張っていった。

作品名:花火と指輪と夏祭り 作家名:リツカ