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メーデー

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光が届かない、深い森の中のような色だ。

 彼女の目を見て、僕はそう思った。
深い絶望の中、もがくことも、あがくこともできず、
そこから出ることを、諦めてしまった様な目の色だった。
彼女は、特になにも言わなかった。
けれど、彼女が助けを呼ぶ声が、僕には聞こえた気がした。

 人の悩みを聞くと言うことは、とてもやっかいなことだ。
その人の悩みを聞く、それは人の想いを半分担ぐこと。
自分に十分な覚悟と、心の体力があればいい。
けれど、そうじゃない時に話を聞くと、
その想いに、その心に、飲み込まれてしまう。
だから僕は悩みを聞かない。
だって、僕は人の想いを担げるほど強くないから。

 しかし、気がついたら僕は彼女の話を聞いていた。
どうしようもなく、放っておけなかったのだ。
今にも闇に消えていなくなってしまいそうな彼女を、
僕はそんな彼女を引き留めたかった。失いたくなかった。

 彼女の悩みは、僕の許容範囲を軽く超えていた。
彼女の話を聞くと、自分がいかに恵まれているかがわかる。
自嘲気味に、すべてを諦めたと語る彼女に、
僕は何もいってやれなかった。
それでも、僕は彼女の話を聞いた。
だって、それしか僕にはできなかったから。
彼女は語る。自らの心の苦しみを。
僕は聞く。彼女の心の苦しみを。

 気がつくと、僕は涙を流していた。
変な人ねと彼女は言う。何であなたが泣くのよと。
声がうまく出ない。どうやら本当に容量オーバーらしい。
彼女の悩みが、まるで津波のように僕に流れ込む。
僕の心は、おぼれかけていた。
彼女を助け出そうとしたのに、彼女にたどり着けない。
自分の無力さを思い知った。

 彼女はほほえんで、涙でグシャグシャになった僕の頬にキスをした。
もういいよ。彼女は言う。
よくないよ。僕は答える。
僕はまだなにもできていない。
彼女を救いだせていない。
”愛の反対の言葉って、なにか知ってる?”
彼女は不意に僕に聞く。
”愛の反対は、無関心なの”
聞いてくれただけで、救おうと思ってくれただけで、
どれだけ私が救われたか。あなたは知らない。
私はもう大丈夫。
あなたが、話を聞いてくれた。それだけで、もういいの。
私の救難信号を、聞いてここまできてくれた。
無視しないできてくれた。
一人じゃないって、教えてくれた。
だから、ありがとう。
作品名:メーデー 作家名:伊織千景