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殺生――『今昔物語』より

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 近くの寺に住まう和尚が将軍の家を訪うたのは、冷たい雨の降る晩冬の、更も闌けたころのことでございます。
 和尚は至急将軍に告げたいことがあるといわれ、門扉を開けた息子に挨拶もそこそこで、家にあがりました。常の和尚には見られぬ積極的な所作に、息子も唖然としました。
「王某様」和尚は挨拶の時間も惜しいという風で、さっそく本題に入ります。「今度、生まれてくるお子は娘様でございましょう」
 将軍は、いったいこの和尚は来て早々に何をいいだすのだと、あっけにとられておられます。
「いえ、お信じになられぬのもわからないではありません。しかし、今度生まれてくるのは娘御でございます」
 和尚の繰り返す言葉にも慣れてこられて、王将軍は、質問をする余裕をお見せになります。
「これまでわしら夫婦は男児しか授かってこなかった。そんなわしらに今度は娘ができるという。これはめでたいことではないか。しかし、どうして御坊はそのようなことがおわかりになられるので?」
「夢見でございます」と和尚は、何か真面目な色を残した表情をします。
「夢見とな?」将軍はお訊ねになります。
「拙僧も、ただ夢に見ただけなら、これほど大慌てでここに参りはしませなんだ。その夢には菩薩様が姿をお現しになり、そしてこう告げられたのです。『そなたの寺の近くの、驃騎将軍王某の家に今度生まれる子供は娘である』と」
「ほう……」
「そして、菩薩様はこのように続けられたのでございます。『かの王某、かねてより、馬を駆って弓を取り、狩りを楽しむというよりも、生きものを殺すを楽しんでいるかのよう。もしこのような所業を繰り返すなら、きっと恐ろしい果が立ち現れるであろうことを心せよ』」
「なに?」と将軍様は声を荒らげられます。
「それにこうも仰せになりました。『狩りをやめねば、その娘は今後、きっと不幸に遭うだろう』と」和尚はその言葉を告げた菩薩を怖れているのか、背筋を顫わせます。「拙僧もそれを聞いては、いてもたってもいられず、すぐさま、ここへ駆けつけて参った次第でございます」
「なかなかようできた話だ」と将軍は意に介されません。「そのようなものはすべてまがいごとだ。夢で菩薩が告げたとて、それが真実とは限らんしの。しかし、今度、生まれてくるのが娘だという点だけは、信じておこうか」
 和尚は肩を落とします。
「説得できぬは拙僧の力の及ばぬせいか」と歎き、気落ちした様子で、屋敷を後にしました。

作品名:殺生――『今昔物語』より 作家名:蒼幻