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殺生――『今昔物語』より

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 王将軍は、二日と空けず山野を駆けめぐり、狩猟にあけくれておられました。
 蝉がじりじりと鳴きわめく中を、嬉々として馬をお駆りになるのです。額には汗が滲み、照りつける日射しが身体の水分を奪ってゆきます。
「陳、隗、背後にまわって、そこの藪を突っついてみろ」
 将軍はひとつの藪を指さして部下にお命じになります。
 ここは起伏の激しい、江陵郊外の森でありまして、狩りの獲物は、いくら狩っても狩りつくせないほど豊富にいるのでございます。将軍は頻繁にこの森に入られ、馬を駆っては、たくさんの獲物を得られるのでした。
 二人の部下は将軍の指示で藪の裏手にまわり、手にした槍で、気を合わせて同時に突きます。
 すると、一頭の猪がそこから飛び出して、将軍のほうへ猛進して参るではありませんか。
「きたな!」と興ありげに仰せになった将軍は、矢をつがえ、弓を引き、狙いを定められます。
 放たれた矢は一縷の軌跡を描いて、しっかと猪の眉間に突き立ちました。
「お見事!」
 部下は将軍の腕前を褒めたたえます。
 将軍はその後も、さまざまな獲物を狩られ、供の者の馬にも、それ以上の獲物はもう載らないというほどになりました。
「今日はいつも以上にたくさんの獲物を得られたな」
 将軍はそう仰いました。陳と隗はそれに同意します。
「いつもながら将軍の弓の腕前はさすがでございますね」
 二人にそう云われて、将軍は悪い気がせず、いかつい顔に莞爾とした表情を浮かべられます。
 将軍の風貌は、かの蜀漢の関羽のように、見事なあごひげをたくわえた、いかにもなものでございます。周りから関帝のようだと云われると、さすがに、気が引けるのか、赤兎馬もおらぬに関帝がおるわけがなかろう、と相手になさいません。弓の腕こそ誇りにしておいででしたが、刀剣や槍となると、弓ほど上手というわけではございませんでした。
 時は夕刻。
 西の地平に太陽が沈もうとする頃合い。
 赤い残照が弱まり、あたりのものが闇をまといはじめるころ、召使の陳と隗は将軍に告げます。
「将軍様、そろそろお帰りになられたほうがよろしいかと」
 しかし、王某将軍はいつまでたっても狩りをお止めにならず、闇で辺りが見えなくなるまで粘られる勢いでございました。
「陳――あそこの藪があやしい。また頼む」
 将軍はそうお告げになると、矢をつがえ、弓を引き絞られます。
 陳は命令通り藪をぐるりとまわると、手にした槍をぐさぐさと藪の中へつっこみます。
 そして、藪から姿をあらわしたのは、目に美しい、白兎でございました。
 召使二人は、その姿にはっとさせられたようですが、将軍の方を見て、さらなる驚きを示します。将軍は慈悲の心もお持ちになっていないのか、ひとひらの雪片のようなその白兎に狙いを定められますと、なんのためらいもなく、矢を放って白兎を射ぬいてしまわれました。
 陳と隗は「ああ」と声を漏らします。
 地に倒れた白兎は、闇の深まる中にあって、ひとつの光点のようにぽつりと見えているのでございました。
 王某将軍は、ふうと息をつくと、白兎を獲物として持ち帰ろうとする陳に向って、こう仰います。
「陳、隗。この兎は持ち帰らなくてもいい。どうせ、食べるところの少ない獣だ。放っておけば、猪でも、狼でも、食べてしまうだろう。置いておけ」
 そう述べられるのでございます。
 これには陳と隗も唖然としてしまいます。
 将軍は狩りを遊興のひとつとしか見ておられないのでしょう。将軍は自分がいま仰せになったことについて、それほど深くお考えになっておられぬようでした。
「帰るぞ」とお告げになる王某将軍は、馬首を返され、江陵の街目指して進まれます。
 陳と隗は動かない肉塊となった白兎のほうをちらりと振り返りながら、そこをあとにするのでした。

作品名:殺生――『今昔物語』より 作家名:蒼幻