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天使と悪魔の修行 前編

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 女はその後の言葉を言い淀んでしまいました。
 今初めてこの話をするわけではないのです。もう何度となく繰り返し話し合ったことなのです。それでも女の望む答えはもらえていませんでした。だからなのか、時々ふっと――捨ててしまいたい――そんなことを考えている自分に気付いて深い自己嫌悪に襲われることがあるのです。

 ――捨てるなんて、そんなことを考えちゃいけない。でもナオキの腕の中にいる時は、この時がずっと続いて欲しいと願ってしまう。どうしてあの子が一緒じゃダメなんだろう――
 女はいつも、仕事をしていても家事をしていても、そして子供と一緒にいる時でさえ、ふと気付くとそんなことを考えている自分を発見してしまい、ゾッとするのでした。

「自分がお腹を痛めて産んだ子を捨てようと思うなんて、私は悪魔なのかもしれない」そう思いながらも、しかし同時に「ナオキと一緒になりたい」という気持ちもどうしても捨てられない、いわゆる悪夢のスパイラルに迷い込んだかのようでした。

「――じゃあさ、仕方ないよな。もう暫らくはこのままの状態でいるしか」
「でも、……。ねぇ、ナオキ、本当に私のこと愛してる?」
「もう! 何度言わせれば気が済むんだよ。そう言ってるだろう?」
 男は明らかに不機嫌な顔で、女の顔も見ずにそう言うのでした。

「ごめん! 怒らないでぇー」
 女は慌てて男の背中に縋りつきます。
「馬鹿だなあ、怒ってなんかいないじゃないか」
 そう言いながら男は背中に縋りつく女を再び抱き寄せて口づけをするのです。
「あぁーーん」
 女の口からはまたしても甘美な声が忍び出ます。

「なんだ、終わりじゃなかったのか……ふうぅーー」
 あっくんは大きく溜息をつきました。

 その都度の男の本音が、あっくんには手に取るように全て見えているのです。だから二人の会話は聞いてるだけで馬鹿らしくてバカらしくて……。

 結局それから一時間、そのままホテルに滞在する羽目になっちゃいました。
 その間にあっくんが知りえた情報は、男女共に独身であること。
 女には三歳の息子が一人いて、その子の父親とはDVが原因で離婚したこと。 
 そして一見派手にも見えるが、その実、一途な性格であること。
 男は未婚の四十男とは言え、結構その顔立ちが良いこともあって人気者で、会社でもモテるらしいこと。そして、本人はもちろん言わないが、浮気者であること。大体そんなところでした。

 そこであっくんが出した結論は、もちろん二人を別れさせるための結論だけど、「女に男を嫌いにさせること」それだったのです。
 ですからホテルを出た後は、迷わず男の後をつけました。女が嫌いになりそうな「何か」を探るためです。

 宿題とは言え、色々と順序があったりするんです。ふう~。

 しばらく男の後をつけると、ナオキと呼ばれた男は一軒のアパートのドアを、ポケットから取り出した鍵で開けて入りました。住宅地の中の四戸建てアパートの一階の一室でした。

「ふうーん、ここがこいつのうちなのか」
 そう呟くとあっくは、男の後ろに続いて入っていきました。

 ナオキは冷蔵庫からビールを取り出すと、ソファに座ってそれを口にしながらテレビを見始めました。
 神の国にはテレビなどというものはないので、あっくんも一緒になって見ていました。

 テレビではお笑い芸人が何やら面白いネタをやっていて、ナオキはゲラゲラ笑っています。あっくんには何が面白いのか良く分かりませんが、それでもつられて笑っていました。
 そして、いつの間にやら二人揃って眠っていました。