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人魚

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7th day[monday]:heat



「………?」

 呼び鈴を押せば、必ず「はーい」と滅多に聞くことのない妙に可愛い返事があったというのに。

 フュリーは小首を傾げ、もう一度呼び鈴を押し―――かけた。かけた、というのは、ドアが向こうから開いたからだ。
 そしてそこに立っていたのは、なぜかロイだった。
「…ぅわっ」
 てっきりエドワードが出てくるものと思っていたので、フュリーはちょっと慌てた。
「……?」
 ロイは不審げに眉をひそめ、だが何も言うことなく来客を中へ招じ入れた。
「おはようございます、あの、…エドワード君は」
 無言のロイの背中に向かって、フュリーは恐る恐る問いかけた。すると、男は振り向き、軽く眉を上げた。
「ああ、おはよう。…エドワードなら、まだ寝ている。…何か?」
 どことなく剣呑な表情に、フュリーは息を詰める。かなり慌てただしく手を顔の前で動かすと、いえ特に用事とかじゃないんです、と早口で弁解した。
「いつも誰か来る時ってエドワード君が応対に出てたじゃないですか。だから珍しいなあって」
「…ああ…」
 そういえばそうか、とロイは納得した顔を見せる。
「あ、それでですね。連絡事項なんですけど…」
「ああ」
「今日の午後は、中尉がこちらに来られるそうです。その際医師と看護士を一名ずつ同伴します、とのことでした」
「…午後…大体何時頃だろうな。二時か三時くらいか」
「ええ…、と、そうですね。それくらいになると思います」
 ふんふん、とロイは頷いている。
「…大佐、もうお体はよろしいんですか」
「…?ああ、体は何ともない。昨夜からシャワーも使い始めた」
「へぇ!よかったです」
 フュリーは人の好さ全開でそう答えた。しかし、ロイは苦笑い。
「まあ、肝心の記憶とやらはさっぱりなんだが…」
「…それは困りましたね」
 それを言われては、フュリーとしても手放しでは喜べない。
「……。苦労をかけるね?」
 一応、彼なりに考えたものらしい。そんなことを口にする。しかし、感激なり謙遜なりをするはずの青年は、目を見開いてまじまじとロイを見つめた。
「………?」
「大佐…」
「………?」
「やっぱり、記憶もどられてないんですね…」
 寂しそうなフュリーの声に、ロイはがっくりと肩を落とした。それはつまり、普段の彼ならそんなことは言わない、ということなのだろう。
「大佐」
「なんだね」
「それ、中尉に言ってあげてください。…本当に大変そうなので」
 承知した、とロイは頷く。それにフュリーも頷いた。
「あと、勿論、エドワード君にも」
 …が。ただ頷くのだろうと思われたこの追加の発言に、ロイはなぜか目を瞠った。
「……大佐?」
「…、あぁ、いや…そうだな。彼には、苦労を掛ける…」
 驚いた後の苦笑にフュリーは不思議そうに首を捻ったが、特に何かを尋ねることはなかった。彼が鈍感だということではなく、どちらかというと、彼は引き際を心得た青年だというべきだったろう。

 伝達事項を互いに伝え終わると(ロイは自身の体調などを一応簡単に報告していた)、フュリーは長居することなく帰っていった。去り際に短く、「エドワード君によろしく伝えてください」とだけ言い残して。ロイはしばらくじっと、玄関ホールの柱に寄りかかっていた。
「………」
 しかし意を決すると、踵を返して寝室へと階段を上る。
 …ロイとエドワードにはそれぞれ一部屋ずつ、私室が与えられていた。その他にもげストルームがいくつか。どういう想定をしてこの家を軍が所有しているのか謎だが(例の彼女によればどうやらロイが決定したことらしいのだが、当の本人にその時の記憶がさっぱりないため謎のままだった)、家族で住むのにも少し大きめの家だった。
 ロイは、自身のためにあつらえられた私室の、そのドアを開ける。
 薄いカーテンから射す陽光が、ちょうどベッドにあたる。朝陽で目覚めるなんてなんてのどかなのだろうと思っていた。気に入っていた。
 …そして今、その位置には、人が一人横たわっている。
 光透かすその金の髪はいよいよ輝き、白い肌と鈍色の腕とに絡まる。
「………」
 ロイは足音を潜めて近づくと、腰を屈めて顔を近づけた。大きな枕に半ば抱きつくようにして顔を埋めている、その幼げな顔にかかる髪をそっと掬い上げ、敬虔な仕種で口づけた。
静かな寝息が途切れることはない。
「……………」
 ロイは、祈るように目を閉じた。

 あやすようにやさしい手が、何度も頬や額をかすめている。
 そんな手付きで触れられたのは、とても久しぶりのような、いや、初めてのような気がしていた。幸福な気分だった。笑っていたかもしれない。
 目覚めなければいけないと思うのに、体はちっとも言うことを聞かなかった。恐ろしくだるいし、それになにより、このやさしい手が、目を覚ますことで離れていってしまうことが怖かった。
 ずっと傍にいて欲しかった。目が覚めても。どこにも行かないで欲しかった。
「………」
 やがて、啄ばむようなキスが落とされる。甘やかすような気配がくすぐったさを感じさせた。
「……ぅ…」
 そのまま誘われるように目を開くと、目の前には白い「何か」。
「…………?」
「…おや。起きたか」
「…………?」
 気付けば、腕の中大事に包まれている。白い何かと思ったのは白いシャツで、それを着ている男が、エドワードを毛布ごと抱きしめていたのだ。
「………っ?!」
 一気に脳に血が上り、がば、とエドワードは顔を上げ、身を起こした。…が、途中、あえなく失敗する。急激な動きによって、どうやら限界を超えて酷使されてしまった体が悲鳴を上げたのだ。しかしそんなエドワードには構わず、金髪を片手で掬い上げるようにして、ロイはうっすら微笑んだ。
「…おはよう?」
 ベッドの上怠惰に、猫のようにもつれあっている。
 簡素な白いシャツにラフな黒のパンツを身につけたロイは、ベッドヘッドに背を預けた格好で半身を起こして腰掛け、その開いた足の間、毛布に来るんだ少年を抱きかかえるようにしていた。エドワードが顔を埋めていたのは、ロイの白いシャツの胸元だったわけだ。
「…なっ…、なっ……!」
「このまま目覚めないんじゃないかと思ったが…、目を覚ましてよかった」
 彼は大きな手で金髪を流し、丸い頬を撫でた。読み止しの本を、未練なくぽんとその辺に放って。
「………」
 至近距離でやさしげな顔を見せられ、少年は顔をそらす。赤くなった耳を見れば、その理由などひとつしかなかった。ロイはひっそりと笑う。殴られることも覚悟していたのだが…、喜ばしいことに、杞憂に終わったらしい。
 ―――昨日。
 玄関先で性急にキスを交わして。…しばらく、動くことも喋ることも出来ず、その場でふたり、うずくまっていた。求め合うことも、なかったことにすることも出来なくて。ただ、抱きしめて、抱きしめられて、いた。ただカチコチと進む時計の音だけが、どこかからしていた。
 初めに動いたのはどちらだったのだろう。よく覚えていない。
作品名:人魚 作家名:スサ