小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

生者に贈るレクイエム

INDEX|4ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

 プラットホームのスピーカーから、独特の電子音が響いた。
 そしてアナウンスが入る。
『間もなく一九時二十七分発―、××ゆきが入りまーす』
 ぞろぞろと出入りする人々の波。
 乗ってから気づいた。
 それはいつもより一本遅い電車だということに。
「あれ? 俺、間に合わなかったんだっけ?」
 ふと車窓の向こうのホームの方に目を向ける。何やら口喧嘩をしている様子の少年と青年の姿が見えた。
 二人ともとんでもない美形なので、嫌が応でも目を向けてしまう。
 どこかで見かけたような気もしたが、あれだけの美形なら出会ったことを決して忘れはしないだろう。
 勘違いだと納得してすぐに目をそらした。
 遠目に見て目を見張るような美形である。自分のような平凡な人間が関わっていいような人種ではない。
 そして電車は揺れる音を立て、ゆっくりと滑り出した。
 見る見るうちにプラットフォームは視界から消え去ってゆく。
 その様子を密かに見送った美形の片割れ――焔がおもむろに携帯電話を取り出した。
「あ、係長。焔です。任務完了しました」
『御苦労さま』
「巻き込まれかけていた民間人を一人保護しましたので、あまりの能力の高い相手ではありませんでしたが、念のため記憶を抜いておきました。――あー、これだけは何回やっても慣れませんね。生身の人間が相手だと、ただ単にぶっ刺せばいいってわけではないので」
『ふふふ。焔君らしい感想だね。まぁ、こちらとしてはちゃんと仕事をしてくれれば大丈夫だし、無理に慣れようとしなくていいからその方が、君らしくていいと僕は思うよ』
「そう、ですか……。では、今から帰還しますので」
『あ、ちょっと待って。いや、一件だけ伝えておくことがあってね。これは神崎君に内緒にしておいて欲しいんだけど』
「え?」
『新人の女の子が一人うちにやってくることになったから、今から歓迎会をしようかと。でも、彼、そういう付き合い嫌がるでしょう? だから、こっそり連れて帰ってもらおうと思って』
「え! ちょ、新人ってまさか! 新任でうちに配属されるなんてありえませんよ! 仕事始めで即日死亡コースじゃないですか! そこそも僕、そんな話全く聞いてませ――」
『し、声が高い。神崎君に聞こえちゃうでしょう?』
 電話の向こうでため息をする気配があった。
『まぁ、確かにびっくりする気持ちは分かるけどね。なにせ配属決まったのも今朝のことだったし。いや、決まったって言うか、何の連絡もなくいきなり本社長が乗り込んできて』
「し、本社長って……っ!」
『言うまでもないでしょう? あの山田本社長だよ。今月から新しくうちの本社のトップに据えられた』
「えええっ! 本人がいらしたんですか? いまあの人、中国に住んでるって話でしょう? それがわざわざこんな辺鄙な窓際部署に? 日本人だとは聞いてましたけど、まさかそんな! だって、泣く子も黙るあの『鬼の二刀流』じゃないですか! 超有名人!」
『あああーっ、思い出したくもない! ほんとに怖かったんだからねっ! 伝説の男に得物を突き付けられた挙句「妹に手ぇ出したら、斬る!」とかすごまれてちゃってさぁ。地味な子だし、別に変な意味じゃなくてただのお世辞で「可愛らしいお嬢さんですね」って言っただけなのにーっ!』
 電話口の相手は、今頃お得意の泣き真似をしているに違いない。
 実際の所、飄々としていて面の皮がとても厚い人物なのだが。
 焔は顔をひきつらせた。
「いやいやいや、それでも上手い具合にやんわりきっぱり断って下さいよーっ! その子の身に何かあったら、責任問われるの僕たちなんですからねっ! 新任早々特命送りなんて、そんな聞くも恐ろしい――」
『だってだってー、あの山田本社長の妹さんなんだよー、うちに配属になるのー。実力疑うなんてことできっこないし。本社長直々にお願いされちゃったら、とてもじゃないけど断れるわけないでしょー。こっちとしても寝耳に水だよー、まったく……。まぁ、とりあえずのんで食って騒いで親睦を深めましょう、ということでー。だから、神崎君のことよろしく頼むよ。ここで逃亡しちゃったりなんかしたら、妹さん経由で報告されちゃうかもしれないし。うちの評判「これ以上落ちる余地あるの?」って感じでしょ?』
「ふんじばってでも連れて帰ります!」
 焔の目は完全に据わっていた。
「ああっ、これ以上予算切られでもしたら――っ! 特命係会計係として、本社に直訴もとい奇襲攻撃を仕掛けますよ僕は!」
『いや、本社長のゴリ押しですでに予算が倍にアップしてるから』
「……絶対に連れて帰りますね」
 握りしめた携帯が、みしりと嫌な音を立てた。
『君にそう言ってもらえると色々な意味で心強いよ。というわけで、なるべく早く帰ってきてねー。特に花園さん。彼女が深酒して山田さんを押し倒しちゃう前にさぁ』
「死ぬ気で直行しますッ!」
 焔の腕が、ガシッと獲物をとらえた。
「ちょ、何を――っ! このっ! その手を離せ――っ!」
『それじゃ、よろしくねー』


⇒Next 「山田花子の受難」
作品名:生者に贈るレクイエム 作家名:響なみ