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メトロ詰め合わせ

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橙色がお祭り



 仕事を終えて宿舎の食堂に戻ると、食堂に据えられたソファ前のローテーブルの上に、馬鹿みたいな量の菓子が広げられていた。
「おかえり銀座、遅いぞ!」
「……ただいま、丸ノ内」
 遅いと言うからには、彼は自分を待っていたのだろう。ソファに腰掛けたまま入り口を仰ぎ見た丸ノ内の快活な笑みに、思わず自分の頬も緩んでしまう。今日は少し残業をしてしまったから、いつものように丸ノ内と夕食を摂る事が出来なかったな、なんて思っていた矢先に彼の顔が見れるなんて、仕事を頑張った甲斐があると言うものだ。
「どうしたの、これ」
 テーブルに広げられた菓子はキャンディやクッキーを始め、プリンやケーキなどと言った生菓子まであったが、その全てが同じ方向性を持っていた。
 オレンジと紫、カボチャにコウモリ。どうやら彼は、ハロウィンをテーマにした菓子を買い漁ってきたらしい。
「銀座が遅いからな、デパートで買ってきたんだ!」
「そう」
 銀座の帰りが遅いのと菓子を買い漁る事は関係がない気がするのだが、丸ノ内の行動の一つ一つに意味を見出そうとして疲れる事にはもう飽きてしまっていた。だから銀座はにこりと静かに笑って、美味しそうだね、と当たり障りがなく、かつ素直な感想を述べてみせる。
「そうだろう! 好きなものから食べていいぞ、銀座」
「……僕が?」
 まさか自分に食べろと言うとは思っていなかった銀座は(てっきり丸ノ内が暴食の限りを尽くすものとばかり思っていたのだ)、驚きながら彼の横へと腰掛ける。丁度よくスプリングの効いたソファは長身の男二人を受け止めてもなお心地よい座り心地を維持してくれていて、つい伸ばした背筋が背もたれへ逃げを見せてしまう。
「ほら」
 ごそごそとジャック・オ・ランタン型のケースから口元へと差し出されたチョコは、翼を広げたコウモリの形をしている。ん、と促してくる丸ノ内の目が蛍光灯の下であまりにもキラキラと光っていたのもあって、銀座は誘われるがままに唇を緩く開いてみせた。
「………美味しいよ、有難う」
 軽く歯を立てたチョコからは、普段ならば口にしないようなチープな甘さが匂う。それでも疲れた体には糖分が何より染みて、銀座は感謝の言葉と共に丸ノ内の頭へ手を伸ばした。整えられた髪型を、少しだけ崩すように撫でてやる。
「銀座の為に買ったんだ」
「僕の為? 嬉しいけど、今日は何かあったかな」
 当然のように腰に回ってきた腕に引き寄せられるがまま、有楽町の開業日は昨日だったよね、と付け加える。日付変更直後から有楽町の開業日祝いを繰り広げてしまったせいで、昨日のメトロは皆目の下にくっきりと隈を作っていたのだから、丸ノ内だって流石に忘れてはいないだろう。
「ああ、だって見てみろ、皆オレンジだぞ! 銀座の色だ!」
 真面目に見える外見とはひどく不釣り合いな笑みを浮かべる彼を可愛いと思ってしまう自分の感性は、どうやら架線式の仲間達のそれとはズレているようらしい。しかし、ふふん、と至近距離で目を細めながら指先でちょいちょいと広げた菓子を示し、誇らしげに笑う丸ノ内はやはり可愛くて、だから銀座はお返しとばかりに己の腕もその背へと回す。

 銀座は丸ノ内とは違うから、雰囲気が崩れてしまうような事は口にしない。ただ、密かに胸の内で思うだけだ。
(――ハロウィンって実はお盆の親戚みたいなものなんだけど、知らないんだろうなぁ、丸ノ内)
 ことりともたれ掛かった胸に垂れ下がる緩められた真っ赤なネクタイを指先でくるくると弄びながら、丸ノ内と違って雰囲気を尊重する銀座は、たった一言、丸ノ内もう一口、とねだってみせたのだ。

(20091031)
作品名:メトロ詰め合わせ 作家名:セミ子