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仕事伝説 ―彼と彼女―

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 ベルク共和国の首都、デフツ。首都だというのに、下町にはぼろぼろの家が建ち並び、治安も悪い。しかし、そこに住む人間は多く居る。余り、裕福な国柄ではないのだ。
「すみませーん。ディーク・ローさん、いらっしゃいますかぁ?」
「彼なら今、居ないわよ」
 男性の声に、女性が応えた。埃臭い家から出て来た割には、垢抜けた顔。対して、この家の主であるディーク・ローは、かなり日焼けをした青年なのだが。
 しかしそれは『仕事屋』という、依頼された仕事は何でもこなす、いわゆる『何でも屋』をしているからだった。
 そしておまけに、堂々と自分を『伝説の仕事屋』と言ってはばからない。
「彼に用?仕事の依頼なら、私が聞くけど」
「えーと、お手紙です」
 男性はそう言って、厳重に蝋で封をされた、手紙を渡した。
「!・・・ちょっと」
 蝋の印を見て、女性は思わず声を掛けた。
「・・・・・・この、手紙。貴方、何者なの?」
「只の配達員ですよ」
 男性は不敵な笑みを浮かべ、去って行った。
 女性は、手紙を持つ手が震えている事に気が付き、もう片方でその手首を抑えた。
 蝋の印は、彼女が昔居た国の、国王のシンボルマークであった。
(やっぱり、あいつの言う事を全部信用したら、こっちが疲れるわね)
 彼女はため息を吐いて、空を見上げた。
 それはそう遠くない、ある事件があったから。そして、その事件が起こるきっかけになったのも、さほど昔の事ではなかった。
 そう、それは、二年前の事・・・。

 西に位置する空前の大帝国。そう呼ばれそうな程、ブライツ王国は強大さを増していた。
「国王陛下は領土を広げるべく、次なる新天地をお望みだ!!」
 ブライツ王国戦力の要、情報機関『メイス』。王国の戦法は、まずこの機関に潜入調査させ、それから攻め込みやすい場所を、精鋭数万騎で一気に襲い掛かるというものであった。
 所属する者は、自らの命を全く問わない、国家の為には死んでも構わないと思う者達ばかりだ。
 従って、自分が作戦に失敗、もしくは捕らえられるようなら、死を選ぶ。
「今度の標的は、この小国。リフク公国であるッ!!・・・リュカス・ウェッジ!!」
 リュカス――――イリス――――は大勢の同僚達の群れから、上官の前へと歩いた。
 彼女は十の若さでこの機関に所属し、今に至っている、かなり腕の立つスパイであった。
「国王陛下直々のご命令である。リフク公国に潜入し、そこを混乱に陥れよ」
「――――了解しました」
 リュカスは嫌な顔一つせず、無表情に、只答えた。

 公国に潜入するのは、簡単だった。国が企てるだけあり、入国ビザは精巧、本物と同じだ。
 名前は、そのまま。ブライツ王国は他のどの国より、治安が厳しく、また入国管理、国境警備は何重にもなる。ましてや『メイス』に侵入した者など一人もおらず、名前のリストを入手するなど、このような小国には無理な事であるからだ。
 それと、偽名を使わないのは、自分達の身体が、一般人と違い、特殊になっている事もある。
『現在、この小国は後継ぎを巡り、争っている。元首の長男、フュウと、元首の実弟、ネフト。フュウは争いに荷担していないのだが、対ネフト側重臣達の政権争いに利用されている為、ネフトとは余り仲が良くない。しかも、元首は病床の身だ。お前の使命はフュウを抹殺し、ネフトを王位に就けるような状況にする事だ。そこを攻め、我が手中に収める。頼むぞ』
 国王、ラフスト四世から言われた事を、リュカスは思い出した。
(フュウ側を崩す、か・・・)
 しかしリュカスは、彼を名目に政権争いをしている重臣は、どうでも良かった。名目が無ければ何も出来ない重臣など、利用するにはつまらない人間だ。だから、彼の屋敷に潜入する事を考えた。
(さて、どう潜り込んだものかしら)
 さすがに元首の息子の屋敷となると、潜入は難しい。ここの雇われ人になれるならば、話は別だが。
「リュカス・ウェッジ」
 異国で自分の名を呼ばれ、リュカスは声の方を向いた。名を呼んだのは、先に潜入していた仲間。
「ヴァイン・レイフ?確かそういう名の男が居ると長官から聞いていたけど」
「はい。昨夜、貴女が到着すると聞きましたので。フュウ邸に潜入する詳しい方法を、お話します」

 話が聞き取りにくい程やかましい酒場で、ヴァインから詳細を聞くと、リュカスは一人、フュウの屋敷へ向かい、門番に言った。
「先日、知人から仕事を紹介された者です。入れてもらえないでしょうか?」
 しばらくすると、門番は重々しい門を二人がかりで開け、リュカスを案内した。
(調べても、何も出ないわよ)
 身体検査は何事も無く通過した。武器は、ヴァインとか言う優男に預けて来たのだ。
 これで無防備であるが、いざとなれば敵の武器を奪うまでだ。
 門番の後について歩いていると、今度は金の扉が現れた。
「フュウ様、仕事を紹介されて来たと言う女がおりますが、如何しますか」
(フュウ・・・!?ここに奴が居る・・・!?)
 敵地での、単独行動は慣れていた筈であったが、こうも早く目標の人物に会えるとは思っておらず、さすがのリュカスも心臓が高鳴った。
(いえ・・・・・・有り得る話かしらね)
 ヴァインの潜入策というのは、リュカスを彼の妾にするという――――今のイリスなら御免被りたいものであった。が、当時はそう思わなかった。全く、自分にしか出ない事ではないか、と。
 自覚は無かったが、ヴァインは自分を見て、『貴女の容姿なら、まず合格でしょう』
と太鼓判を押すような口調であった。 
 どうやら、フュウには息子が居ないらしい。元首の息子なら、居てもおかしくない所であるが、正妻に先立たれ、一人娘しか居ない。彼を名目にしている重臣達は、万が一の後継ぎをと、先の先まで見越した、呆れ果てる策を示し合わせた。
 先にこの国に潜入していたヴァインは、民の噂でこれを聞き、リュカスが来る前に、彼女を候補として連絡しておいたのだ。だが妾になれなかった時は、彼に会う機会は二度とない。相打ち覚悟で、今暗殺するしかない。
 ため息と同時に、「通せ」と若い男の声が聞こえた。扉が開かれると、その中央に腰掛けた人物が見えた。それ以外に誰も居ない事から、この者がフュウというのだろう。
「お前、名は?」
 やわらかいが、何処か弱々しい口調。だが単に弱いとも思えない顔立ち。
「・・・リュカスと申します」
 顔を伏せ、リュカスは名乗った。
「ご苦労、下がっていてくれないか」
 門番が立ち去る気配。鈍い音を立て、門が閉まる。完全に密室。しかし、外には門番がまだ控えているだろう。・・・早とちりは禁物だ。
「知人に仕事を紹介されたというが・・・お前も、スペンの差し向けた女だな?」
 門が閉じて早々、彼は嫌そうな顔をして言った。
 スペンというのが、彼を利用している重臣達の中心である。やはり、噂は本当らしい。
 彼は名も出生も分からぬまま、何人もの女達をフュウに合わせているとヴァインから聞いていた。訊かれるまま、うなずく。
「はい。ですが、私は別にそのような事は気にしておりません」