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楠太平記 二章

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二章


 魔界を二分する戦に敗れ、下界に降りて数日経った。

 一度ヒトに見つかるという失態はあったが、それ以外に敵からの追手の気配はまだなかった。

 これならいけるか、と彼女は未来への展望を膨らませ始めていた。

 全ての者が屈した訳ではない。自分が戻れば、不穏分子を集めて再び大戦を起こせる。そう信じて。

 とはいえ、同じ場所に留まっていては捕捉される。

 その夜、彼女は潜伏先を変えようと動いた。

「!」

 後ろから耳に届くその音に、彼女は身をひねってかわした。

 ヒトの頭ほどある黒く光る球体。それが高速で向かってきていた。

 標的を見失った黒く光る球は、凄まじい爆発音と共に地表を深く深く抉る。

 間髪入れずにもう一発。

「ちっ・・・・・・! 破ッ!!」

 彼女も応戦する。

 向かってくるものと同じものを軌道上に放つ。

 雷でも落ちたかのような炸裂音と衝撃波が辺りを支配する。

「ぐ・・・・・・っ?!」

 彼女は見事に吹き飛ばされた。相手の力の方が数倍上だ。

 再び球体が迫ってくる。今度は避けられない。既に目の前。

「が・・・・・・っ?!」

 全身が地面に深く圧し込まれる。肋骨が肺を突き刺す。

 それでも彼女は諦めなかった。とどめの一撃とばかり迫りくる球体を、

「っなめるなああああッ!!」

 片足一本で飛んで避ける。抜刀。

 彼女は一気に追手に詰めた。接近戦なら、あれを撃たせずに済む。

 相手も刀を抜く。

「ああああああ!!!」

 彼女は下段から一気に逆袈裟をしかけた。

「ふむ・・・・・・湊(みなと)、太刀筋が粗いぞ」

「・・・・・・っ!!」

 彼女の放った一撃は、彼の籠手に防がれていた。

 音もなく繰り出される突きを、慌てて後ろに飛んでかわす。

「まさか貴様直々に私を討ちに来るとはのう・・・・・・威(カイ)」

「うむ、魔王から言われては仕方なかろう。儂はどうでも良いのだが。愛しい娘を殺せなど、いやはや――」

「ふっ!!」

 彼が言葉を言い終らないうちに詰め、突く。

「・・・・・・余程死にたいらしいな、湊よ」

「・・・・・・ッ!!」

 必殺の一撃になるはずだったそれは、彼の刀に阻まれた。

「では、死ね」

 刀が弾かれ、宙を舞う。

 返される刀で、身の引き裂かれる音を、彼女は聴いた。


「ふん、やれやれ・・・・・・」

 男は刀を露払いし、鞘に納めた。

 傷は深いが、彼女は生きている。虫の息だが、これくらいでは死なない。

 男の愛刀でもし斬りつけたのならば、確実に死に至るのだが、今宵の得物はそれではなかった。

「連れ帰るのも面倒だしなあ・・・・・・もう少し遊んで帰ろうかのう。はははは!」

 下界に降りるのは、彼も初めてだった。

 面白そうなものには、とことん関わって楽しむ性分であった。

「ではまたな、湊」

 鎧を派手に鳴らしながら、彼は闇夜に消えていった。


作品名:楠太平記 二章 作家名:竹端 佑