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楠太平記 一章

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一章



  魔界。そこは人外のモノが生み出される世界。力ある者が力なき者を淘汰していく世界。

 その世界を統べているのが、魔王。秩序を司る最大の権力者であり実力者。

 彼の命令一つで下界も天界も戦乱の種がまき散らされ、多くの犠牲が積み上げられる。

 最悪の事態がいくらでも考えつく為に、天界も無視が出来ない存在である。

「よう魔王、今戻った」

 鎧をがちゃがちゃと鳴らしながら、一人の男が魔王の謁見の間に入りこんだ。

 全身からは人ならぬ気配が漂い、足を踏み出す度にその場の空気が切り刻まれるよう。

 御簾の向こうにある強烈な気配に気圧されることなく、彼はずかずかと進んでいく。

 余りにも軽薄な行為。だがそれを、魔王も御簾の近くに控える青年――重臣らしい――も、咎めなかった。

「――反乱軍鎮圧、気に食わんが、まずは御苦労」

 御簾の向こう側から、感情を殺すかのような低い声が響く。魔王の声だ。

「――それで、反乱軍を率いていた大将はどうした。討ったか?」

 魔王の問いに、男はかか、と笑った。

 男には、手土産のようなものは何処にも見当たらない。

「カイ・・・・・・貴様」

 何処からともなく風が起こり、御簾がばたばたと唸り声を上げた。

「私はあれを、殺せと命じたはずだぞ!!」

 魔王の一声で、謁見の間はまるで生きているかのように小刻みに震え始める。

「やれやれ・・・・・・そもこれは、ハクビの策だぞ」

「その策を伝えなかった為に起こったことだ! それが分からぬお前でもあるまい・・・・・・」

「敵を欺くにはまず味方から、だ。これもハクビの策のうち。お陰で策は成った。
 あやつにはほとぼりが冷めたと油断した時に叩く。それで良かろう」

「――ならぬ!!!」

 ごう、と一際大きな風が起こる。御簾が完全に外れ、暗闇の中心に二つの紅い瞳が浮かんでいるのがはっきり見えた。

「お前の不手際、ここで見逃せば新たな戦乱を招く。今すぐ追い、必ず討て」

「やれやれ・・・・・・仕方がない。精々期待に応えると致そう。ではな」

 彼は魔王に背を向け、謁見の間を立ち去っていった。

「全く・・・・・・あやつは何を考えているのかよく分からぬ」

「ですが魔王様、これで反対派も鎮まりました。これからは御世を安泰に導いていかねば」

 御簾の近くに控えていた青年が、魔王を宥めるように口を開く。

 彼は先ほどの男には及ばないものの、尋常ならぬ力を全身に漂わせていた。

「無論だ。・・・・・・だがあやつの不始末は、そのままには出来ん。事と次第によっては、お主に動いてもらうこともあるだろう」

「――御意」

 魔王によって吹き飛ばされた御簾が独りでに戻っていく中、青年は深くうなずいた。


作品名:楠太平記 一章 作家名:竹端 佑