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追憶

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ある日、田舎に帰った博司は、聡子の父に、『結婚をしたい』 と切り出した。
二人は緊張していた。
聡子の母も横に座った。
沈黙がつづいたあと
「付き合ってもいいが、結婚だけはしないでくれ。」
予期はしていたが、痛烈な一言だった。
そしてまた沈黙が続いた。
突然父親が泣き出し、言った。
「俺にも青春があったんだ。 俺も諦めたんだ。」

あとのことは、もう何も覚えていない。

「お父さんが泣いたところを初めて見たわ。でもあれでは母さんが可哀想すぎる。」
しばらくした日、聡子が泣きながら言った。
 
一方博司は、父親のあの姿を見てから、『負けた』 と思った。
もう、結婚させて欲しいという勇気が、無くなってきていた。

しばらくして豊橋でデートをしたあと、二人はあてもなく新幹線に乗っていた。
東京までの間、二人の会話は少なかった。
新宿副都心の、京王プラザの工事が始まったばかりで、基礎工事の深い大きな穴がむなしく映った。 そのまま、二人は中央線で帰ったのだった。

その後博司は、チェーンストアを辞めて、地元の企業へ就職した。
総子はそのまま店に勤めていた。


博司が家から通勤するようになり、総子が博司の家を訪れる回数が少し増えたが、聡子にとってはけして居心地はよくなかった。
母の顔から、総子との会話に笑顔が消えていたのだった。
博司はつらかった。 会っても会話がだんだん少なくなっていった。

『結婚したら、私、一生懸命がんばるのにな。』

博司は、その一言に胸が潰れそうだった。
それでも、父親の泣いた姿が博司の勇気を封印した。
心の何処かで、『結婚できないのなら早く別れなければ。』と思うようにもなっていた。
 
そして、博司は変遷の後、新しくお付き合いを始めた人が出来た。
『聡子とのけじめを早く付けなければ』と思うこともあり、博司は結婚を前提に付き合いたいと、先方の両親に申し入れた。
出会ってから間もなかったが、相手の両親に否はなかった。
 
それでも博司と聡子はたまに会った。
そしてある日、母親が白血病で倒れたことを聞かされたのだった。

しばらくして聡子から、母が危篤だと電話が入ったのは、博司の婚約が整った頃のことだった。
だから今更『結婚すると言って欲しい』 という聡子の必死の願いに、博司は応えることが出来なかった。
博司は、目の前の、もう余命幾ばくもない母親に嘘をつくことが出来なかった。

聡子の母親の葬儀の前日、二人は火葬の煙の見える、近くの公園にいた。
煙を見ながら、たまらなく哀しく、泣いていた。


それからしばらくして聡子は、店の同僚から紹介されたこのお寺の息子と付き合うようになっていた。

博司と会った時、聡子が言った。
「彼はね、私との結婚が出来るか出来ないかは、自分がこの世に生まれたことの是非を問われているんだと思う。 だから絶対に聡子と結婚するんだ、って言ってくれたの。」

ここでも博司は、『負けた』 と思った。
そして、『自分にとって、一生の不覚だった』 と思った。


葬儀はひとりでに進んでいった。 焼香も終わり、役付が読み上げられていた。
そして野辺送りのとき、一度は、『お母さん』 と呼んだ母のために、お大黒が自ら花を分けて、参列者に渡してくれていた。

博司は胸がいっぱいになり、また涙があふれた。

                  ― 完 ―

作品名:追憶 作家名:史郎