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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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タブレット噛む音

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まぁ、なんていうか優等生のマジメちゃんである。
夕子の幼馴染の話だ。
丘田 聡実。
髪は黒い。
黒いイコール優等生っていうのが、必ずしもそうだとは限らないけど。
高校生活思い出せば、わかるんじゃなかろうか。
先生に小言を言われようとする優等生は、いないだろう。
というか、そんなことするのは優等生なんてレッテル貼られさえしない。
太陽の光があたっても黒いまんま。
それくらい、黒い。
まだ幼稚園くらいの時に、聡実と公園にいた夏の日だ。
強い日差しをあびても、子供の時は元気なものだ。
だけども、それまで涼しい顔していた聡実が、歩いたらふらふらだったなんてこともある。
我慢する傾向が強いやつだと、思っている。
そんな、幼馴染が。
かじる錠剤を瓶にいれて持ち歩いてる、なんて言われてたら。
『普通は、気にしないかな』
少なくとも、夕子は気にする。
お前が普通かと聞かれれば、夕子は絶対にそうだと頷くことはできないが。
そんなことを思いながら、気だるい午後の授業を乗り越えた。
なあなあのホームルームを終えた足で、廊下を歩く。
A組からC組はそう遠くないはずなんだけれども、足が重い。
変なものじゃなきゃいいけれど、と思ったりもした。
というか、なによりも。
気づかない自分に、イライラするばかりだったのだ。
そして、つい語調がきつくなりそうで、嫌になる。
『別に噂が完璧な情報なんて、思っちゃいないのに』
落ち着きたい気持ちが足を重くしてるんじゃないか、とか思いながら進む。
教室のドアに手をかけて、開ける。
C組のドアは建てつけが悪いんだか、少し引っかかった。

「聡実」
「夕子か、びっくりした」
地元の進学校なんて言われてるが、正直そこまで学習熱心な生徒はいない。
夕方になれば残ってるのは、部活生がほとんどだろう。
勉強熱心な二年生なんて、わずか。
そのわずかな生徒さえ、図書館やら図書室に行くんだから。
冷房の効きが良い方がはかどるんだろう。
夕子には縁がない情報と言えば、そこまでだが。
クラスの図書委員の子がめんどうそうな表情で、言ってた。
「いくら冷房があるからって、入り浸らないでほしいんだけど」
今くらいから3年がピリピリするんだから、騒がれるとこっちが困るのよね。
誰に言った、ということはないのかもしれないが一瞬ひやりとはした。
当の本人たちが聞いていたかは、知った事ではないんだが。
というか、その程度で言う事を聞くなら苦労しないだろう。
現に廊下を歩いてかすかに見えた図書館には、妙な空間ができあがっていた。
そんな感じで、教室に人がいることはあまりない。
ときどきただでさえ暑い日にいちゃつく2人を見て、嫌な気分になることはあるが。
まぁ、放っておくのが一番だ。
幸いなことに、教室には幼馴染の姿しかなかった。
「いや……夕子さ、最近具合でも悪い?」
「は?」
当然の反応。
「錠剤を服用してる、なんて言われてるから。気になっちゃって」
それも、凄い量。
小さく付け加えた声も丁寧に拾って、聡実は落ち着いて口を開く。
頼むから、薬だなんて言わないでよ。
噛んでると落ち着く、だとか勘弁だから。
頭の中で考える夕子の心情なんかお構いなしに、聡実の口から言葉が発せられる。
「ラムネとかだよ、薬なんてたいそうなものじゃないってば」
「は、ラムネ?」
頷きながら聡実は机の上を片付け始めた。
教科書を入れた鞄から、一切合切を入れた後に出てきたのは小さな瓶。
ぎっしり、丸いものが詰まってる。
薄いピンクだとか、白いのだとか色々。
『でも、薬みたいに見える』
なんとなく夕子が思いついたのは、白いのは姉の飲んでいる薬に似てるということ。
心なしか青ざめた顔で腰を押さえながら飲むあれに、似ていた。
効果なんてあるのか、と思っていつも見る。
そもそも苦しみなんてわからないから、そんな悠長な事が言ってられるのかもしれないが。
視線を向けた姉はそれを飲み込んで少しすると、どうにか学校に行く気力程度はわいてくるらしかった。

「わざわざ心配してくれたの、ごめんね」
困ったように笑う聡実は、瓶を開けて2粒取り出したそれを音が少しするくらいの強さで噛む。
白いのは本当に錠剤みたいだ。
はっきりとは言えないが、この前来た警察の人が話してた。
世間的にいけないアレは最近、そんな形をして敷居を低くしようとするんだとか。
それに、似てる。
かさばるのが嫌だから、瓶に入れてるんだろう。
でも、それは正直得体が知れないものに見えるから、やめたほうがいい。
「そんなに、食べるの」
やっと絞り出した声も、震えたかどうかすら定かでない。
「口が落ち着くのよ」
特に授業の後なんか。
聡実の言うことは、的を得ているのかもしれなかった。
高校の授業なんてものは、小学校低学年のように口々に発言をするわけでもない。
黙ってる口は、欠伸をするくらいにしか使いようがないものだ。
物凄いスピードで乾くような感じが、不快らしかった。
「ガムは、校則で禁止されてるものね」
「そうなの」
笑う聡実、掌に2粒。
「私さ、ガム飲んじゃうからあんまり食べないし」
掌に今度は3粒転がった。
「味なくなったら虚しくなるし」
小さいピンクのも、最近発売したらしい新商品も。
聡実はがぶがぶと、水を飲み込む要領で口にしていく。
言いすぎかもしれないが。
夕子には、そう見えたんだからしかたがない。
『気味が悪い、気持ちが悪い』
聡実が、とはその後に続かなかった。
続けなかった。
続けるのは、そうでない言葉だった。
タブレット菓子なんて言われてる、それが。
夕子にとっての恐怖感と不快感のもとなんだから、そう言えばよかった。
また瓶をあける音がする。
近くにいて夕子が思うのは、その音すらも怯える理由になりそうだということだった。
「食べる?」
「い、いらないよ!」
しまった、と思っても遅かった。
もうとっくのとうに口をついて出た言葉は、もちろん聡実の耳にも届いてるわけで。
「そっか」
聡実は簡単な返事をして、それからはただ過ぎる時間の中に二人がいた。
時間の中には、菓子を噛む少しの音が混じっている。
病気みたいだから、やめたら。
なんて言って止めたいくらい、と夕子は頭を抱えそうになった。

これまた、姉の話になる。
小児ぜんそくだった彼女が、今よりもさらに背丈の低かったころだ。
毎日嫌な顔もせずに、薬ばっかり飲んでいた。
風邪なんかひいた時にはそれがさらに増えるものだから、嫌なんだろうと思って夕子は見たものだ。
それでも、姉の目は虚ろだけれど決して涙をこぼしたりしなかった。
あんなものよく6個だとか8個だとか飲めるね、と言ったら笑って言う。
「飲めば、治るって思ってるから」
夕子の中で姉の言葉はぼんやりと、さっき聡実が言った落ち着くという言葉とかぶった。
聡実は別に病気ではない。
姉も、数年風邪すらひかずに元気に過ごしてる。
それでも、飲むことや口に入れることでなにかしらの安心感を得てる。
『これじゃ、病人と同じだ』
口にはできない。
だけど、夕子の気分はよくなかった。
喉の中で風が吹くような音がして、それを抑え込むように薬を飲む。