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樹屑 佳織
樹屑 佳織
novelistID. 27960
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ラクガキ 1

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俺は時々、考える。
自分は何のために生まれてきたんだろう、と。
物心ついたときから厄介事の気配を感じては逃げ、感じては逃げの繰り返しだった。

一人になりたい。

そう呟いては、「じゃあ“それ”をやめたらどうだい?」と茶化された。
そんなことは百も承知だ。でも俺は止められない。
だから、俺たちは協力することにした。
息をひそめ自分の力を隠すために、惜しげもなく力を使う。
それこそが最も効率的で、最も納得のいく方法だった。

とどのつまり、結局はわがままによる所行なんだ。


◆◇◆◇◆◇


「くだらん、まったくもってくだらんな。」
ふやけた紙の上で、その人物はつぶやいた。
6月も半ばというだけあって、教室内は驚くほどにべたついている。
歴史教師の回りくどい通史の書き取りにうんざりしていた彼の机のノートにかの人物は存在していた。
「まったくもってくだらない。
 歴史といえばもっと壮大なドラマであらねばならないのに、やつの教え方といったらなっておらん。
 ペルシアやローマについて語るのであれば、帝王学も絡めた実践的な教授をすべきだろう。
 この間のアレクサンドロスとアリストテレスの交流についても、もっと具体的に触れねばいかん。」
ラクガキは鉛筆で書かれた豊かな髭をなでまわし、柔らかな線で形造られたガウンをゆったりと羽織っていた。
たとえどんなに話しても、その尊大な口ぶりは教師には聞こえない。
彼はというと、じっと笑いをこらえて書き取りの書き取りに勤めていた。
「民主主義の世の中だもの、帝王学なんか需要がないよ。」
ノートにそう書くと、吹き出しの中に新しい文字が浮かんだ。
「けしからんな。だが、時代の行きつく先がそこであったならば、わが王国がほろんだのも頷けるというものだ。」
「そこ、3行目読んで。」
ぎくりとしたが、立ち上がったのは彼の隣に座った友人だった。
190cmに届こうかという巨体が立ち上がるのは、なかなかの迫力があった。
かの人物は教師以上に単調な読み方で、じっくりと残り少ない昼休みまでの時間を稼ぐ。
「おや、奴が生徒に読ませたという事は、もう“らんち”の時間か。早いものだのう…」
「だね。」
ラクガキはといえば、堂々とした動きで紙上を巡っている。
「まったく、貴殿も貴殿だ。ここは本来学んだ内容を書き留めるノートではないのか?
 ……ふむ、ここは違うぞ。その『ィヌ』はいらん。」
「ありがとう。」
そう書くと彼は消しゴムを使い、丁寧に字を消し、アンダーラインを整えた。
教師がしびれを切らし、朗々と教科書を読み上げていた彼を座らせた。
「お、切り上げた。そろそろだね。」
短い別れの挨拶をそっと書き、今日の謁見は厳かに終了した。
頁をゆっくりと横切って、かの王はノートの最後にそびえる白亜の宮殿へと帰って行く。
そしてチャイムとともに彼はそっと吹き出しを消し、宮殿の隅に小さな吹き出しを書き直しておいた。



「庄司ー、おれ今日食堂。」
「おー。んじゃ、また後でな。」
鞄から取り出して開きかけた弁当をもう一度閉じ、庄司祐綺は荷物をまとめていつもの場所へと向かった。
こんなことなら弁当を作ってもらうのをやめればいいのだろうか、とも思ったが、祐綺にはそうした議論の場すらわずらわしかった。
廊下に並ぶ大きな窓は、雨を気にしてだろうか、換気の意味がないほどに少しだけ開けられている。
窓の隙間の縁に等間隔に置かれた雑巾は雨粒よりも湿気によって濡れそぼっていた。
その窓からは、先ほどから食堂に向かう色とりどりのビニール傘の群れが続いている。
あの群れの中には、きっと佐々木の姿もあるだろう。
購買で売られている5色のビニール傘の群れ。
そして水曜日と金曜日にはバスケ部で満杯になる学食。
せめて自分も身長が高ければとはときどき思っているが、普段の夜更かしのせいか牛乳嫌いのせいか、祐綺の身長は170cm弱。
県内でも強豪であるこの学校のバスケ部の入部条件には僅かに満たない。
もうひとりの友人に至っては、アルバイト三昧で昼休みにいたためしがない。
だからといって、クラスの女子たちのようにわざわざ高校から5分歩いたところにあるファストフード店で済ませるほど不良になるつもりもない。
こうして暑さよりも不快さを際立たせた世界を、彼はゆっくりと下って行った。

「ぷっは、やっぱり吹き出しより発声の方が楽だね。祐綺と普通に話せると思うと、気分がいいよ。」
「ありがとう。新しいノートの居心地はどう?」
「なかなかだね。やっぱり高いノートは違うよ。」
そこは文化部棟の階段裏で、校内で一番昼休みの人気が少ないところだった。
特に水曜日と金曜日には移動教室などの心配もなく過ごすことができ、祐綺が学校内で唯一安心していられる場所だった。
「じゃ、お昼ごはんを貰おうか。」
小さなノートの上で、単純な線によって構成された少年はふんぞり返った。
「まったく、出てきてない時に食べてればいいのに…」
「やだよつまんない。祐綺が書いてくれるごはんが一番おいしいんだよ?」
祐綺は少し照れながら、色鉛筆で湯気のたったカレーライスと、水、それに付け合わせのサラダを書いてやった。
「やった、カレーだ!」
「じゃ、俺もいただきます。」
「いただきまーす!」
先ほど開きかけた弁当をもう一度開き、食事の時間が再開された。
そしてそのすぐそばで、ドアが開いた。

「…ん。」
カレーをかっ込んでいた少年の元に、汚れた白壁を伝って蜂が戻ってきた。訪問者の合図である。
二人は目を合わせ、祐綺は少年が住むノートをゆっくりと鞄の中にしまいこんだ。
「あれ、誰かいるの?」
「……どうも。」
祐綺の前に現れたのは、2人の男女だった。襟章が緑という事は、彼らは2年生という事になる。
男は広げられた弁当と祐綺の顔を見ていろいろと察してくれたようだが、女の方はそうでもなかったようだ。
「あなた、1年生よね?こんな埃っぽいところで貴方一体何をしてるの?ここは生徒会の物置なんだけど。」
「…すいません、今日は雨だったので、ここで食べようと思って。」
女は鼻息も荒く、ピリピリした空気を全開にさせてかかってきた。
「だったら教室で食べるべきよ。ここは一般の生徒の入っていい場所じゃないの。わかる?」
「まあまあ、人それぞれ事情があるだろうし、多めに見てあげようよ。
 もしかして、ここを掃除してくれてるのも君なんじゃないかな?」
どきりとした。
たしかに、4月の終わりにこの場所を見つけてからというものの、
ちょくちょく昼ご飯を食べていたが、あまりの埃っぽさに敵わず週に一度は掃除をしていたのだ。
「そう、です。ここは静かで、その…気に入っていたので。」
「そりゃよかった。ここはあんまり綺麗じゃないからね。生徒会でも掃除当番を作るべきか考えていたところだったんだよ。」
男は連れを黙らせるかのように、すらすらと話しだした。
「君はここには時々来るんだろう?だったら、週に一度でいいからこれからも掃除をお願いできないかな?
 僕たちとしては、備品を出し入れするときにどいてくれればここで何をしようが文句はないからさ。」
「…いいんですか?」
「もちろん。」
作品名:ラクガキ 1 作家名:樹屑 佳織