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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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「きゃーっ♪」
「おいっ!」
「何着て行こうかしらっ」
「聞いてねーし!」
 やれやれと溜息をついて再び食べ始める。夕食が終わったら、まだ手付かずの宿題をやらなければならない。さっきとはまた違う溜息が出そうになる。が、それを遮るかのように、テーブルの上に置いてある慎太郎の携帯が鳴った。
 点滅するサブディスプレイの文字は【航】。何事だろうと箸をおいてそれを手に取った。
「どーし……」
『おばさん、居てる!?』
 とてつもなく慌てた様子のその声に、慎太郎が携帯を母に差し出す。
「なあに?」
 首を傾げる母に、同じく首を傾げたままの慎太郎が肩を竦めた。
「なんか、超慌ててる」
「……はい。替わりました。どうしたの?」
 母の応対している携帯に、慎太郎も顔を近付ける。
『おばさん。今から、ウチに来れませんか?』
 航の高い声が携帯を通り抜けて聞こえてくる。
「今から?」
 思わず顔を見合す飯島親子。
『さっき、姉ちゃんが来て、なんか、様子が変で。聞いてもなんも言うてくれへんし。祖父ちゃん祖母ちゃんもどうしようもなくて』
 航の声が段々半ベソ状態になっていく。
「わかった。今から行くから待っててちょうだい」
 即行で携帯を慎太郎に返し、母がジャケットを羽織った。
「シンちゃん!」
 “行くわよ!”とばかりに息子を振り返る。
「お、俺も!?」
「当たり前でしょ!」
 航の姉の事はなんとかするとして、その間の航の面倒を慎太郎に任せようというのだ。
 バタバタとテーブルの上に食器用のパラソルをかぶせた慎太郎が、先に玄関へ行ってしまった母を追い駆ける。
「シンちゃん、駆け足!」
「えぇえ!?」
 徒歩五分の堀越宅へと二人は走り出すのだった。

  
「すぐ来てくれるって……」
 携帯を切った航が振向きざまに祖父母に頷いた。
「ありがとう」
「航は自分の部屋に行きなさい」
 安心したように微笑む祖母の言葉に続いて発せられた祖父の言葉に、
「なんで!?」
 航が反発する。
「俺かて姉ちゃん心配やん!!」
 バリアフリーではない堀越宅。車椅子ごと持ち上げて迎え入れた姉は、今、奥の客間にいる。突然の訪問……かと思ったが、どうやら祖父母達は知っていたようで、それほど慌てた様子はなかった。
 タクシーで乗り付けた姉は、一言も話す事なく、祖父母に促されるままに客間へと向かった。何かを思い詰めているようで、航も声をかけられずにいるのだ。
「何があったん?」
 航が問い掛けるが、祖母は心配そうな顔をして祖父を見るだけだし、祖父はというと、
「いいから、自分の部屋へ戻りなさい」
 の一点張りだ。
「ええよ! 自分で訊くさかい!!」
「航ちゃん!?」
「航!!」
 止める祖父母を振り切り、ツカツカと客間へと歩く。祖父母に追いつかれる前に客間のドアを開けて中を覗き込んだ。
「……姉ちゃん……」
 真っ暗な部屋で車椅子に座ったままの後姿が、仄かな月明かりに浮かんで見える。何か小さな四角い物を見ているようだ。
「……ね……」
「……お母さん……」
 姉の小さな小さな声が聞こえて、航が言葉を飲み込んだ。意識を取り戻してから今まで、いつも優しくて明るかった姉の“弱音”を聞いてしまったような気がして、航はそっとドアを閉じた。手にしていた物は、きっと、家族で撮った最後の写真。航の部屋にもあるその写真の中で、母は右手を姉の肩に置き左手で航の肩を抱くようにして笑っている。泣く事すら出来ずに母を見詰めているその姿に、声をかけてはいけない気がして、航は客間を離れ自分の部屋へと階段を上がるのだった。

  
  ――――――――――――
 去年の夏は笑っていた。秋も楽しそうだった。冬……クリスマスは一緒に過ごした。新年明けてから、互いが風邪をひいたり花粉症がひどかったりで連絡が途絶えがちになった。だからといって、それが原因だとは思えない。現にここ二週間は訪ねて行ってもなんらかの理由で会えないし、携帯も一切つながらない。会っていないのだから、自分に何か非があったとも思えない。
 だから、はっきりさせたくて今日は半ば強引にここまで来た。
「すんませーん。こんにちは!」
 小高い丘から続くゆるい坂道の先にある家の玄関先で、中にいるであろう住人に声をかける。
「猪口です。石川さーん!」
 猪口智行。そう、航の姉・帆波の“彼”である。ここ最近、帆波と連絡が取れなくて、とうとう実力行使に来たのだ。が、勇んで来たものの肩透かしを食らったようだった。
「……留守かぁ……」
 自分のタイミングの悪さに溜息をついて踵を返した智行。そこへ感じのいい“好青年”がやって来た。
「失礼ですが、こちらにお住まいの方でしょうか?」
 濃いグレーのスーツを着こなしたその青年が、にこやかに声をかけてくる。
「どなたさんですか?」
 “もしや、帆波の……”と疑ってしまったが最後、睨み返している事に気付くが、
「申し遅れました。先日、見積もりのお問い合わせを頂きました“北船不動産”の岡田と申します」
 智行の視線など物ともせず、営業スマイルに名刺が添えられた。
「“北船不動産”? 見積もりって……?」
「転居に伴う住居売却の見積もりに伺ったのですけれど? 石川さん……ですよね?」
 “転居”? “売却”?
 智行の頭の中を“?マーク”が飛び交う。
「……あの……」
「引越し、って事?」
「えぇ。そう伺ってますが」
「ち、ちょっと待って下さい。俺、なんも……」
 受け取った名刺を握り締めたまま、智行が不動産の営業マンに詰め寄る。
「引越しって、どういう事ですか!?」
「私に聞かれましても……」
 営業マンに掴みかからんばかりの智行。
 そこへ、石川家の車が戻って来た。
「ぼん!」
「どないしはった?」
 降りてきたのは石川夫妻。帆波の母方の祖父母だ。
「どないもこないも。引越しって、どういう事です!?」
 興奮状態の智行が、今度は石川夫妻に駆け寄った。
「……あの……」
 智行の後方で戸惑う営業マンが、引き攣った笑みを浮かべてペコリと頭を下げる。それを見て、祖母が営業マンへと頭を下げながら近付いた。
「堪忍どす。ちょっと塩梅が悪おますさかい、都合が付き次第、こちらからお電話差し上げますよって、今日は……」
 背後の祖父と智行を気にかけつつ、祖母が深々と頭を下げる。
「わかりました。それでは、連絡お待ちしております」
 智行の様子に仕方なさ気に微笑んだ営業マンが、名刺だけを祖母に手渡してその場を去って行った。
「石川さん! 説明して下さい!」
 営業マンの姿が見えなくなるかならない内に、智行が祖父の両肩を掴んで声を上げた。
「説明も何も、引越しは引越しですがな」
 目を合わせる事なく答える祖父に、智行は納得がいかない。
「帆波は、どこです?」
 車から降りてきたのは祖父母の二人だけだった。後部座席に車椅子の影は見えない。
「こんなとこで大声出しなさんな」
「はぐらかさんといて下さい!」
 二人の横をそそくさと足早に通り過ぎた祖母が、玄関の鍵を開けた。
「お入りやす」
 祖母が智行に手を差し伸べるが、その言葉が終わらぬ内に智行は石川宅へと走り込んでいく。
「帆波!」