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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「あの手紙は、人が殺されるほどの中身かもしれぬ。彼等も得体の知れぬ拙者のことが心配なことじゃろう。それがしがあっち方であったとしてもこのまま捨て置けん。人数を集めてもう一度攻めかかろうとするはず。ここもすぐに捜し出されようの」
 鈴は近くで花を摘んで来てはせっせと両親の墓に備えている。鷹と山伏の二人は、太い丸太の上に腰をおろしてそんな鈴を目で追っていた。
「天狗の子も優しいところがあるでござるな」
「て……天狗の子なんかじゃないやい。おいら、鷹だ」
「よかよか、隠さんでも大丈夫じゃ。じゃどん目の前であの妖術を見た時は、正直腰が抜けたでござるぞ。さすが霊場英彦山じゃ。天狗様も住んでおりなさる」
 若い山伏は、気味悪がる様子もなく、不思議がることもなく、まして恐れることもなく天狗の存在を信じているようだ。
「お兄ちゃんは、何ていう名前なんだい?」
「おおっ、まだ、名乗っておらなんだか、すまんことをした。それがしは、市来右京と申す」
「やっぱり、お侍さんかい」
 市来右京と名乗った若者は、鷹の問いには答えず、笑いながら鷹の頭を鷲掴みにして揺すった。
「修験者の扮装は汚れが目立つ。着替えさせて貰おうかの。思わぬところで由緒正しき宝蔵院流との手合わせもできたし、修業は終わりじゃ」
 鈴の両親を担いで来たせいか白衣に大量の血が滲みて汚れている。
 右京は、断りもせず小屋へ入って行った。
「あいつ、何者だよ?」
 ひとり呟いた鷹は、右京の後ろ姿を訝りながら見送ったが、鷹の嗅覚は右京を良い人間だと嗅ぎ取っていた。鷹はそのまま鈴の傍に寄って行った。
「お鈴ちゃん、これからどうする? ………って、まだ決められないか」
 鷹が隣に腰を下ろすと鈴は花を活けている手を休めて、距離を開けるようにすっと立ち上がった。二人の間に壁ができたような気がして鷹は戸惑った。だが、鈴は立っただけで無言のまま、空の一点を睨んでいる。太陽が南より少し傾いていた。八つを過ぎた位だろうか、朝から何も食べていない鷹の腹が鳴った。腰の袋から乾燥した木の実を取り出して口に含んだ後、残りを鈴にも差し出したが、取りつく島もなく、完全に無視された。
――どうするか、なんて聞かなきゃよかったかな。何にも考えたくないよな、今は……
 鷹は少し後悔しながら、まだ足元に積んである白い野紺菊と青紫の秋丁子を数輪、墓の前に埋めた花活けに突き刺して形を整えた。鷹と右京が穴を掘っている間に鈴が摘んで来たものである。そして花活けは、右京が孟宗竹を一刀の下に斬り倒して作った。右京の刀は、太くて反りが少なく、刺客が帯びていた刀よりも長かった。鍔には小穴が二つ開いていて、革紐を通し鞘と固定している。つまりすぐには抜けないようにしてあったが、これは示現流の「平常は刀を抜くべからず」という教えのためだと不思議そうな顔をした鷹に、右京が教えてくれた。
「天狗の子は、花を活ける才もあるようじゃな」
 着替えを終えた右京が、濃紺の着流しで立っていた。丸に三星の紋が入っており、赤い裏地が襟や裾から覗いている。髪は後ろで無造作に縛って流していた。どこから見ても浪人者である。
「天狗?」
 右京の言葉にお鈴が微かに反応を示して鷹を見降ろした。
「違うって言ったじゃないか。ほら、鼻も低いし、背中に羽根なんか生えてねぇぞ」
「むきになるところが、よけいに怪しかのう。それより、お鈴、早く荷物をまとめるがよい。ここに長居は禁物じゃっど」
 訝る鈴に、鷹が右京の言うことをすぐに理解して促した。
「もっと大勢の侍が襲って来るかもしれないぜ。あいつらお鈴ちゃんの名前聞いちまったし、この家も直に見つかる。それにお鈴ちゃんがその手紙を持っているかぎりは……」
 まだお鈴の懐から小倉藩主に宛てられた書状が顔を出していた。
――どうしたいんだろう? お鈴ちゃんは、小倉の殿様に会いに行くつもりなのか?
 鷹も木の上から、源四郎の最期の言葉を聞いていた。だが、鈴はこの隠れ里から足を踏み出したことはないはずだ。小倉がどこにあるのか知らないに違いない。
「とにかく、ここはだめだぜ。そうだ、取り敢えず御宮さんに行くかい? いや、だめだ、だめだ。あんな目立つとこじゃ見つかっちまう。とにかく、おいらも手伝うから荷物を………」
 生まれてからずっと過ごしてきた杣小屋を離れることなど考えたことのない鈴は、なかなか首を縦に振らなかったが、右京と鷹が懸命に説得したお陰で七つ過ぎにはその場を離れることができた。


銅の鳥居


 英彦山神社鳥居下の広場は「勢溜まり」と呼ばれているが、そこから鷹は、六百段は続く石段を見上げた。この勢溜まりでは、藩主でさえも馬や籠から降り、入山する定めとなっている。
「結局、ここに来ちまった。もう日が暮れるから仕方ないか」
「鷹殿は案じておったが、彦山三千八百坊と呼ばれておる。三千人の衆徒と、八百の坊舎がある。紛れ込めば安心よ。しばらくは、そこでゆっくりこれからのことを考えもんそ」
「強い兄ちゃんが、暇な浪人さんでよかったよ」
「子供のくせに、ちぃっとばっかし生意気じゃな」
 小突こうとする右京の拳を鷹はするりと抜けて、笑って見せた。
「子供の恰好はしていても、おいら、あの鳥居を作っているのも見てきた。寛永十四年だぜ、完成したのは……」
「二十年前でござるか。島原で一揆のあった頃じゃな。親父殿に話を聞いたことがある」
「おいら天草四郎の兄ちゃんにも会ったことがあるんだ。連れて逃げようとしたんだけど大砲の弾は飛んで来るし、大勢のお侍に囲まれて上手くいかなかった。そん時貰ったクルスだ」
 一瞬顔を曇らせた鷹であったがすぐに首から下げた銀の十字架を誇らしげに右京へ見せた。十字の先が花柄になっている。
「天草四郎じゃっと?」
 目を丸くして驚く右京を尻目にして、鷹は鼻で笑うと鳥居を見上げる鈴の隣に駆け寄った。
 鈴と並んで鷹が見上げた一の鳥居は銅でできていた。寛永十四年(一六三七年)に佐賀藩の鍋島勝茂公が寄進したもので、この急な石段を登ると奉幣殿に辿り着く。杉木立に囲まれたその参道の両側沿いに藁葺き屋根の僧坊がたくさん建ち並んでいた。
「これだけたくさん山伏さんの家が建っていればどっかに空き家があるだろうけど、偽修験者の兄ちゃんには、あの中に知り合いはいないの?」
「案ずるな。中腹のはずれに同郷の修験者殿がおりなさる。じゃどん鷹殿、顔色が悪いがどっか具合でも悪いんか?」
「結界が近いからね。でも奉幣殿に近づかなきゃ心配いらないよ」
「思わぬ弱点じゃの。今から場所を変えても構わぬぞ」
「いいさ、おいらはいいけど、お鈴ちゃんに野宿させるのは可哀そうだ」
 鷹は、笑いながら鈴へ振り向いたが、鷹と右京の会話を聞いているのかいないのか判然とせず、無表情のまま二人に従っている。
 右京が外れにある坊舎に落ち着いた頃には、既に陽が落ちていた。
「飯も食ったし、おいらちょっと城下に降りてみるよ。神谷道場って言っていたよな、あの十文字槍のおっちゃんは」
「鷹殿ひとりで大丈夫であろうか? もう外は真っ暗じゃよ」
 右京の口振りは焼酎が体に回っているせいかお座成りに聞こえる。鷹はふんと鼻を鳴らした。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介