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なまもの

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 姉の友達が嫌がって私をのけ者にしようとしても、姉は笑顔で謝っていた。
 姉は私の太陽であり、いつも見守ってくれる月のようでもあった。
 大きくなっても、私は姉のすることを真似た。
 姉がバレエのレッスンに通うというと、私も行くと両親を困らせた。
 姉が吹奏楽部に入れば、私もそれに倣った。
 どんな時でも引っ付き倒す私に、姉は嫌な顔ひとつせず「しょうがないなあ」といって頭を撫でてくれた。
 だが……私でも知らないことはあったのだ。
 いつの間に姉はあんな男と知り合ったのだろうか。
 あの男は、私の知らない姉を知っている。憎い。殺したくなる。
 だけど、それ以上に私も姉のように、あの男を愛したくなっている。
 姉があの男を愛したというなら私も愛さなければならない。
 それが、姉妹というものだろう。
 私は、雨の中を駆けた。私の顔は、泣いているのか怒っているのか、楽しいのか、悔しいのか……
 様々な混沌とした表情をしていることだろう。

 私はあの工房へと辿り着く。
 びしょ濡れになりながらも、工房の扉を開ける。
 中央の椅子に腰掛けているのは純白のドレスを着た姉がいた。手にはある箱を大事そうに抱えている。 
 まるで、ウエディングドレスのように愛らしい。よくみればほんのりと化粧もしている。

 どうしてこれほどこの人形は姉に似ているのだろう。
 男はどれほど姉を愛していたのだろうか。姉の人形をみていると、嫉妬と憧憬の思いが錯綜する。
 ひょっとしたら、"姉の遺体はここにあるのか"
 犯人が示した場所にはなかった姉の遺体が……
 私は男の背後からそっと抱き締めた。
 男は"なまもの"と呼んでいた私にこんなことをされて震えている。
 それほど触れられたくないのだ。
 だが、死んでいたら……魂がなかったら、私も姉のようになれるかもしれない。
 私はそっと耳打ちした。きっとあなたなら私の願いを叶えてくれる。
 男は驚嘆しながらも、頷いてくれた。
 
  *

 改めて工房に訪れる。少し緊張した面持ちで私は扉の前に立つ。
 この日のために姉が来た筈であろうブランド服に身を包んで、私は願いを叶えるために来た。
 扉を開けると、男は優しい顔で出迎えてくれる。
 今まで見てきたどの顔よりも穏やかで、そして綺麗だった。
「約束、守ってくれるの?」
「ああ、きみの姉は……姉の遺骨は実家に帰る」
「そう。ありがと。あの家は私がいなくても姉さえいればいいのよ。だからこれで安心だわ」
「……」
「フフ、私のもうひとつのお願いは?」
「準備は出来ているよ。あまり、なまものを触るのは好きじゃないが嘗てない作品が生まれそうでゾクゾクするよ」
「はじめは、"なまもの"の意味……全然わからなかったけど。生もの……つまり生き物ってことだったのね」
 逡巡した後、言葉を紡ぐ男。
「何度も言うが、ほんとうにいいのか?」
「ええ、構わないわ。姉さんと同じになりたいから」
 男は何も言わず頷き、奥の部屋へと私を誘った。
 
 この男は姉が死んだとき、泣いたのだろうか……それとも喜んだのだろうか。
 だが、もうどうでもいいことだ。私もこの男の手で、姉と同じになるのだから……
 
 私は奥の部屋へと進み、鏡の前で服のリボンに手を掛ける。
 男は真剣な眼差しで私を見ている。
 気付くだろうか……私も姉と同じように腰に小さいながら黒子があることに。
 私は期待に胸が膨らむのを抑えられず、笑っていた。
 
  *

 男は眺めている。
 暗い店内で一際輝く、ふたつの人形を。
 手を繋ぎお互いを見つめて微笑みあっている。どこからどう見ても仲のいい姉妹だ。
 だが、私はそれにある細工をしている。

 正面からは見えにくいが、お互いに腕を交差させてナイフを腹に突き立てている。
 いつも妹に縛られ見張られ、行き場のなかった姉の憎しみ。
 いつも姉と同じだと思っていたのに裏切られた妹の憎しみ。

 久々に傑作を完成させることが出来て、昨夜は興奮仕切りだった。
 だが、完成してしまえば情熱が冷めてしまうのも早い。
 もう目の前の姉妹には興味がない。
 私はまた、新たな土地で店を開くだろう。

 そして、同じように、作り続けるのだ。

 さて、長居は無用だ。
 目の前の作品は"期間限定"で拵えたものだ。腐敗も早い。
 私は、簡単な身支度を済ませると、店の看板をクローズにしてその場から去った。

 駅へと近付くと、夫婦だろうか。必死の形相で額に大粒の汗を拵えて、チラシを配っている。
 私はそれを一枚受け取る。
 例の姉妹の片割れだ。
 私はそのチラシを丸めポケットに突っ込むと、公衆電話からチラシに書かれた番号に掛ける。
 電話は留守電に繋がったので、こう吹き込んでおいた。
『娘さんの晴れ舞台。是非、ご鑑賞ください』

作品名:なまもの 作家名:青蛾