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りんみや 陸風7

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ようやく連絡できたのは二時間も経過してからだ。子供を宥めて昼寝させて、それなら、ついでに治療も・・などと多賀が言い出して解放されるまで時間がかかった。やはり、離れから連絡する。それでも今度は子供がくっついている。絶対に不機嫌な対応だろうし、先程、いびってやると宣言もされた。胃が痛いなあ、と城戸はため息をひとつ吐いた。
「嫌なら、みあがするぅ。・・・りっちゃん、おなか痛いの? たっちゃん呼ぶ?」
「ああ、痛いなあ。」
 子供が心配そうに首を傾げる。ククククッと城戸は笑って、その頭を撫でる。これが手元にあるかぎり、自分は大丈夫なんだろうと思い直した。
「みあはりっちゃんから離れないのっっ。」
「うん、傍に居て励ましてくれ、美愛。」
 相手の秘書が慇懃に対応する。これはいつものことだ。さて、と城戸が腹を決めると、そこから聞こえたのは女性の声だった。
「リッキー、身体はどうなの?」
 それは惟柾が片時も手放さない妻の声だった。
「はい、もう大丈夫です、マデリーン。この度は、ご迷惑をおかけいたしました。それから、私が水野に入ることも、オーナーから聞いて頂いておられますか。」
「ええ、それはね。・・・あのね、リッキー。あなたの一族のことだけど、それは何も心配しなくてもいいから、私のほうでちゃんと抑えておくように手配しています。・・・あなたの一族は誤解しているみたいだけど、華僑の一族が組み込まれたのは惟柾の事業の一部ではなくて、私のほうのものなの。だから、勝手なことなどできはしないのよ。」
「マデリーンの? それは、あの・・・」
「そうよ。私の実家の事業に組み込まれたの。叛乱できるというなら、やってみるといいけど・・・それは無理な話だわ。考えていることが筒抜けなんですもの。」
 マデリーンの家は、もともとから能力者の家系で、そちらは要所要所がそういうものたちで固められた強固な砦のようなものだ。自分の一族が蔭で陰謀を企てたところで、すぐに判明するだろう。それは百年単位の長丁場になろうと関係ない。
「もし、あなたが美愛のために力を必要とすることがあったら、その時は、私の家を使うといいわ。それだけのものを、あなたの一族は私の家に提供することになっているの。だから、私の家もあなたへの協力は惜しまないし、美愛にも全面的にバックアップする態勢は整えてあるから、心配しないでね。」
 それだけではない。城戸に対して、華僑からとマデリーンの家からも報酬が毎年振込まれるとも付け足した。
「あなたを無一文の何の権力もない、その日暮しの男になんてしませんよ。・・・あなたはマリーの夫で美愛の父親になるんですからね。・・・それぐらいは必要最低限だと思う程度にはしてあります。」
「はあ? マデリーン? ・・・話がよく見えません。」
 いきなり、ペラペラと喋られたら城戸だって混乱する。惟柾が飲み込んだものを消化して、マデリーンに渡したということは理解できた。そこからがよくわからない。自分になぜ報酬が振込まれるというのか、それに力が必要になったら、とはなんなんだ?という疑問だらけだ。
「あら、早すぎた? 」
「ええ、私は別に傀儡の頭領というやつらしいので、別段、報酬を頂くような働きは期待されても困ります。それに、マデリーンの家からも、報酬を振込まれる理由がわかりません。・・・・私は事業からは外されました。そちらを期待されては困るのです。」
「もちろんよ。私のかわいいおちびちゃんを慈しんで育ててくださいね。・・・報酬という言い方が悪いのかしら・・・華僑からは、あなたがその地位に就いたことに対する礼金、私の実家からはあなたへの賃借料と言えばわかるかしら?」
 惟柾は華僑の一族を吸収し、それを妻の実家に売り払った。その一族は組織の一部に組み込まれたが、それの支配権を行使するために頭領である城戸にマデリーンの実家はそれ相当の支払いをしなければならない。もし、城戸が解体を一族に命じれば、ただちに一族は解体、分解されてバラバラの部門として他の企業体に売り払われる。それを阻止するには、一族は存続の契約を城戸にしなければならず、そのための支払いを城戸は受け取るというのだ。
「マリーとクッキーには、こちらのことは何の権限もないのよ。あなたが決定権を持っているの。これでおわかりかしら?」
「・・・それはわかりました。私に力が必要になったら、というのは?」
「私の実家はミーヤのことを甚く気に入っていたの。あの子にしてやれなかったことを、その娘にしてやりたいとは思っているのだけどね。・・・惟柾とは仲が悪いから表立ってはやりたくないのよ。それでね、あなたに肩入れするということに落ち着いたのよ。・・・これから、わたしたちがいなくなって・・・美愛が水野の頂点に立つ時が来る。若い頃はどうしても手助けが必要になると思うの。誰だって最初からなんでもできるわけではないもの。その時に、あなたが何も持っていなかったら協力したり助けてやったりできないでしょ? その力が必要な時は使えばいいと言ったのよ。あなたは華僑の一族のトップであり、私の実家の協力者でもある。その人間からの要請なら喜んで協力してくれるから・・・・そういう力のことよ。」
 九鬼や真理子は水野という企業体の力の頂点に立つ。対して自分はマデリーンの実家の企業体をバックにして華僑の一族の頂点に君臨するということらしい。真理子と対等か、それ以上の資本力と組織を手にしている。たかだか一介のビジネスマンだった自分には話が大きすぎて目が眩むような内容だ。
「美愛が玉座に座れば、クッキーも真理子も逆らえなくなるけど、あなたは別よ。あなたは水野に属していないのだから、美愛が困ったら別のアプローチをしてあげられるでしょ? ・・・・さあ、リッキー、全て理解してもらえたかしら?」
「それは決定事項なんですか?」
「ええ、あなたが一族に絶縁宣言した時点から有効になりました。」
 それから、彼女はクスクスと笑って、「惟柾はね、もう二度とその日暮しの貧乏人に自分の宝物を委ねたくないから、こんなことをしているの、おかしいでしょ?」 と本格的に笑いだした。どうやら背後にオーナーは控えていたらしく、いきなりに声は交替して、その妻に文句をブツブツと言っている。
「リッキー、今のはリィーンには内緒だぞ。髪結い床の亭主などというものは二世代続いてなられては困る。」
 城戸もようやくに彼女の言葉を理解して笑いだした。リィーンは何も持たずに瑠璃と結婚した。今では、彼自身がそれなりの財産を築いてはいるが最初は本当に何もなかったのだ。その日暮しの貧乏人に娘を取られてしまった惟柾は呆れ果てて絶句した。孫までそれでは情けないから、城戸にそれなりの地位と資本力を与えてくれたのだ。
「おまえとリィーンは似ているが、その点ではまったく違う。あれは・・・瑠璃をただの女として一緒になった奇特な男だ。おまえには、そんな真似は無理だ。私のかわいい曾孫には、そんな父親はいらない。どんなことがあっても助けてやれる力強い父親が必要だ。そのために、おまえの一族は売り払ったんだ。」
作品名:りんみや 陸風7 作家名:篠義