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りんみや 陸風5

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広い応接室にりんはどっかりと腰を据えていた。向かいには、舅が優雅に紅茶を口にしている。
「あんたもなあ、用事があるんなら、いちいち拉致まがいのことなんてしないで連絡をしてくれ。別に、俺は一度だって拒否したことはないぞ、じいさま。」
 視力検査だと強引に屋敷から連れ出されて、確かに検査は受けたものの、そのままホテルのこの部屋に連れてこられた。本当の目的はこちらだということだ。時期的に屋敷は離れたくなかった。城戸が不安定で支えていないと彼岸にふらふらと遊びに行ってしまう。それを無理に押し止めている今は、時期が悪い。
「ふん、私が用事だと誘ったら、おまえは断るだろう。・・・今日は別段、用事ではない。おまえが屋敷にいては困るから監禁しているのだ。」
 その言葉でりんは顔色を変えて立ち上がった。明らかに怒っている。
「それは、城戸くんを壊してしまいたいという意図からか? それなら、帰るぞ。これ以上に城戸くんを苦しめて、あんたはそれで罪悪感を持たないのか?」
 城戸を壊す原因は、全て惟柾が十数年前に仕組んだことだ。孫のために城戸の人生を狂わせてしまった。それについてはりんも事情を承知しているから、文句など言わないが、これ以上に狂わせることはない。もう終わったのだ。城戸には、これから、その償いをしなければならない。
「なぜ罪悪感など持たなければならない? あれはな、リィーン・・・ミーヤの保護者にしなければ、もっと早くに死んでいた人間だ。確かに私の事業には多大な利益を与えただろうがね、それもこの年までは続かなかっただろう。寿命を延ばして、あまつさえミーヤまで与えてやったのに、感謝されても恨まれる覚えはないね。」
 相手は涼やかな声で、そう言った。惟柾には未来が視える。城戸の生活形態では遅かれ早かれ身体が壊れた。たぶん、当人が気付く頃には手遅れになっていただろう。それが、孫の保護者にして、孫のことを考えるようになって城戸は仕事を控えた。年に何度か休暇をとって、孫とのんびりと余暇を送ることで城戸は身体を休めることになって城戸自身の寿命も延びたのだ。だから、惟柾は城戸の現状などに憐れみも罪悪感も持たない。これから先、城戸は穏やかな人生を送るから、別に未来のわからないりんのように心配などする必要はない。わざとりんを屋敷から連れ出したのは、多賀に覚悟を決めさせるためだ。曾孫と共に城戸を回復させるには、それ相当の覚悟がいる。それを自覚させてしまいたかったのだと惟柾は説明する。それに同意するようにりんは座り直した。つまりは、多賀をニューヨークに戻さないということだ。城戸の一件がなかったら、多賀は研修という名目でニューヨークに戻る算段をさせていた矢先だった。キムが小椋の病院を引き継ぐことになり主治医が屋敷に滞在している必要はなくなった。健康なものばかりなのだから、別段、常駐する必要はないからだ。それで多賀は水野の所有する医療施設で働くほうがいいだろうというのが九鬼の見解で、その準備の間に城戸が現われた。城戸の身体はボロボロでお世辞にも健康とは言えない。五年の無理が帳消しにされるには、それ以上の時間が入り用になるだろう。それに付き合う覚悟をさせたということだ。
「ふーん、そういうことかい。・・つまり、城戸くんは最初から美愛の保護者になることも決定していたということだな? 相変わらず、やなじじいだ。・・・能力を隠してやろうか? そしたら、じいさまも煩わしい未来に関与しなくてもいいだろうし、曾孫と暮らせるだろ? もう、いいんじゃないのか、未来なんて・・・」
 感謝している。この舅がいてくれたから息子は少しだけ外の世界を垣間見て、親しい友人を持てた。その代償として、この舅は孫との生活は諦めてくれたのだ。本来なら可愛がって傍に置きたかっただろうに、それを切り捨てて孫の寿命を最大限に引き伸ばしてくれた。曾孫にもそうするつもりなのか、惟柾夫婦は曾孫と対面もしていない。
「曾孫は強い。あんたが守らなくてもくたばったりしない・・・なあ、いい加減、うちに引っ越せよ。耄碌して動けなくなってからじゃ引き受けないぞ。」
 だから、りんは憎まれ口のように同居を勧める。自分の息子は最初から傷ついて壊れていた。りんがどんなに手を尽くしても生き延びさせることの難しい息子だったから、舅の助けは有り難かった。けれど孫は違う。健康で生気に溢れ、それでいて他人にはない能力を持っている。恵まれているとりんは思う。もし、自分に僅かでも資産があったなら息子をもっと長生きさせられただろう。最初の手術や処置がふんだんに金が使えていたら、あれほどに弱らせなくてもよかっただろうと悔やむ。孫はそれさえも持っている。そんな人間に未来の指標をなど必要だとは思えない。自分で切り開くだけのものが孫にはすでにあるのだ。
「同居は嫌だね。おまえと始終、顔を突き合わせるなんて後免こうむりたい。・・まあ、一年に何度かは現われる。今度は従わせたりしないよ、リイーン。ミーヤとは違うんだ。・・・それからね、おまえは誤解しているようだけど、こう見えても私は年寄りの部類に入っていてね。もう、美愛の未来は読めないのだよ。だから、あれは勝手にやればいいと私も思っている。本当に残念だよ、どうやら、私のほうが先に逝くらしくて、おまえの最後も視えない。・・・リィーン、後は委せる。」
「・・・じいさま・・・それって・・・まさか・・・」
「ほおう、悼んでくれるのかね? さあ、どのくらい先なのかまではわからないが、そう長くはないだろうな。五年くらいは大丈夫だ。その先はわからないね。」
 まるで他人ごとのように惟柾は自分の寿命を語った。十年後にはいないだろうという。当人にはおもしろおかしい人生だったから未練はあまりない。それに他人にさんざんに神託よろしく告げてきたことだ。今度は自分の順番が廻ってきた。それだけのことだ。
「・・・委されても困る。俺は瑠璃さんの紐亭主なんだ。髪結い床の亭主という称号が気に入っているから外れるつもりはない。後のことは志郎に頼んでくれ。」
「ああ、事業に出てこいなんて、口が裂けたって言わない。だいたい、おまえは最初から拒否して勝手にしていたくせに・・・そうじゃない、瑠璃のことだ。瑠璃より先に逝くのはご法度だ。ちゃんと見送ってやってくれないか? そうでないと晩年に寂しい想いをさせることになるだろう。」
「あのなあ、じいさま・・・それこそ無茶だろう。平均寿命から考えたって俺のほうが先だ。・・・それに、たぶん厄介をかけるから、さっさと消えたほうが瑠璃さんも嬉しいと思うよ。」
作品名:りんみや 陸風5 作家名:篠義