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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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豆腐愛

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冷奴は木綿に限る。あれは夏の真っ盛り、渋谷の屋上のペントハウスに住んでいた男の所でのことだ。(そうあれは「傷だらけの天使」のショーケンの住んでいた家風な場所)。暑い日だった。友人数人でビアガーデンをやろうと集まった。ビールと適当なおつまみを持ち寄り、炎天下の簡素な吞み会である。

ほとんど全員上半身は裸である。女たちはタンクトップ。汗を流して呑んでいた。その時、誰が用意したのか、大きなボウルに氷水を張り、大きな木綿豆腐一丁が浸されて出てきた。豆腐だけである。大抵は醤油や鰹節、生姜や葱などの薬味を伴うのが当たり前だが、近くのコンビニで買ってきたので余りそういったものは無視されたのかも知れない。

そのプールに浮かぶ真っ白の豆腐。如何にか食わん。包丁でひとくちサイズにカットもされず、ただぽつんと浮かんだ四角い氷山をどうやって食べるのか。宝箱を前にした海賊どもが鍵を開けられずに、考え込んでいるみたいな短い間があったが、Iという男が、こうし
「こういうんは、こうして食べるんや」(彼は岡山の男。この方言は曖昧です)
そう言って、指先で豆腐を千切り、頬張った。おお、そうかそうかと皆同じ方法で食べた。美味い。美味かった。豆腐の味も分かる。そして冷えてる。指先でも感じる。指先で味わう。これはなかなか味わえない味だった。記憶に残る味だった。

それ以来、ワタシは豆腐に醤油はかけない。お店でもまずは生(き)の味を確かめて、美味ければそのまま。物足りないようであれば少し醤油をつけて食べる。しかし上からかけるのは邪道も邪道。染み込んでしまうのはご法度である。その都度つけるやり方で食すのだ。でも薬味は必須である。キンキンに冷えた豆腐を指で食べるなど普通のお店ではまずあり得ない。豆腐にはやはり薬味は必須である。

ワタシは葱と生姜である。(時には大葉の微塵切りがあると季節をより感じられる)。これがあれば十分である。味的には両方とも独特の味を持っているけれど、豆腐と喧嘩しない味なのだ。豆腐の風味を残しつつ、葱も生姜も主張できる特別な三つ巴関係が成立しているのだ。特にワタシの場合はたっぷりと欲しい。豆腐が一としたら薬味は0.5欲しい。0.5を分ければ葱0.2の生姜0.3である。この割合が超絶の美味さを誇る。さすがに家でも指では食べないけれども、包丁によるカットは必要ない。箸を使い、その時の気分で大きさを決め、その形の崩れた豆腐に程よく馴染むように葱と生姜がのせられ、口に運ばれる。それだから木綿なのだ。これは絹ごしではもう粉々になり、お皿から直接啜ったほうがましである。絹は絹で愛し方がある。お綿とお絹、二人の女を愛するのだ。

と云う訳で、夏は木綿の冷奴、冬は絹ごしで湯豆腐。これが豆腐を愛する最も素晴らしい方法である。これが豆腐愛である。できれば町の豆腐屋さんで買いましょう。決して高級なものが美味しい訳ではない。(精進料理やこじゃれたものを食べられない負け惜しみでは有りませぬ。愛です。愛。決して妖怪・豆腐小僧でも有りませぬ)
ああ、聴こえてくるのは豆腐売りのラッパの音。プぅープぅーーー。

蛇足だが、昔ラジオで聴いた豆腐の標語(?)を一つ。
「豆腐に見えても車は硬い」
これはいつ誰に言っても、この哲学的な面白さが伝わらず、「豆腐哀」である。一方「豆腐は畑の肉」は有名すぎて味気ない。
(注意:湯豆腐の時は普通に醤油を使う。その方が美味いから)

作品名:豆腐愛 作家名:佐崎 三郎