小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

鴉2 「貴方の絶対の見方S×M」

INDEX|1ページ/8ページ|

次のページ
 

待ち行く人の多さにため息を少し大きめに吐くと、目の前に白く色づいた息が舞う。
今年の冬は例年より寒いらしいが、そんなものは若い女性達には関係ないらしく、すれ違う女性は
短いパンツやスカートで惜しみ泣く若い肌を露出していた。
振り返ってでも見ていたくなってしまうような美女が艶のある長い髪を揺らして隣を通り過ぎていっても、
人ごみにうんざりしきっている、この男には全く興味の涌かないものでしかない。


昼前のショッピング街を歩く男、蠍は人ごみを避けながら、目的地まで一身に進んでいた。
いつもなら車で行く場所のだが、今回はとある事情により車という手段を捨てざるを得なくなってしまった。
と言うのも、同居している少年が車の鍵をオーブンで熱した後にトンカチで見事に形を変形させたのが原因なのだが。
何を思ったのか、一般常識を持ち合わせていない少年は鉄が溶ける所をじっくり見ていたのだが、
オーブンで鍵が溶けるはずもなく、腹が立ったので叩いてやったとあたかも自分は
被害者ですと言わんばかりに威張り謝罪の一言も無いのだから、大物である。
関心している場合ではないのだが、言葉も出なければ叱る気も起きない。
鉄なら他にも合っただろうに何故、車の鍵なのだろう。
謎解きをするように思考を巡らせても、宇宙の様に広く右も左もない少年の脳内を蠍では解き明かすことはでない。


やはり、蜂の車を借りるべきだった。


少年の他に2人の同居人の内、車を持っている蜂が車を貸してくれると親切に言ってくれたのだが、
どうもあの車に乗るのは気が引けてしまった。
もともとパンダ模様だったリンカーンを知り合いにこってりとした黄色と黒に塗り変えて貰ったらしい。
本人は気に入って乗っているようだが、あれに乗る勇気は蠍にはない。
だが、仕方なく選んだ徒歩という手段にも魔の手が潜んでいた。
休日の街中は平日の倍の人の多さだったのだ。
元々人の多い場所が苦手な蠍にとってこの人の多さはまさに地獄と言っても過言ではない。
いつもなら何事もなく到着することが出来るはずなのに、目的地に着く頃には蠍はドっと疲れてしまっていた。


街中から少し外れた道に入ると、真新しいビルとは一転して、歴史を感じさせるような建物が目立ち始める。
その中にひっそりと佇む洋風な屋敷が見えた。
建物自体は一階建てで、庭に生えている草木の所為で
外か屋敷全体を確認することはできない。
門の鍵は開いており、蠍は慣れた手つきで門を開き、玄関へと繋がる庭を進んでいく。
インターホンを押すと、玄関から少し古い音のベルが響くのが分かった。
そのベルが鳴り終わると同時にドアが開く。
開いたドアの先にいるのは物腰の柔らかそうな燕尾服を着た中年の男だった。
少し白髪の混じった髪をオールバックにし、整った髭、笑い皺のできた顔、まさに紳士そのものである。
紳士は蠍の姿を確認すると屋敷の中へ招いた。


「今日はお車を見かけませんでしたが?」

「・・・色々ありまして。」


蠍の曖昧な返答に紳士は少し首をかしげたようだが、何かを察したのか、にっこりと笑い足を進めた。
建物の中は外見と見合う洋風なつくりになっている。
見た目は綺麗に掃除されているが、大分古い屋敷は廊下を歩くとギシっと軋む音がする。
屋敷の奥の重たい扉を開けると、黒で統一された部屋が見える。
家具達の黒に負けることなく一際目を引く漆黒のドレスに身を包んだ女性が部屋の真ん中に座っていた。
露出の少ないドレスから僅かに見える肌はその黒とは対照的に
白く、か弱い印象を与える。女性の顔はベールに隠されて口元以外確認することは出来ない。
蠍は見慣れた光景なのに未だに扉を開けたこの一瞬は身体が強張った。
女性の座る椅子の真正面に置かれた、一つだけこの部屋の法則に合わない真っ赤なソファに蠍は腰を落とす。


「蠍、少し顔色がよろしくないようですね。」

「いえ、人ごみに酔っただけです。」


こちらからは見えない目で女性は蠍の顔色を伺う。
強く凛としたシルエットには似合わない少女のように優しい声が蠍の耳に入る。


「人ゴミに?歩いていらっしゃったのですか?」

「・・・色々ありまして。」

本日二回目のこの台詞に蠍はため息を混ぜた。
説明したところで、目の前の女性も、女性の後ろに控える紳士も静かに笑うだけだ。
家で待つ宇宙一ワガママ王子をどうにかしてくれる訳ではない。
元々、その少年に頭を抱える様になったのは目の前の女性の所為なのだから。


「うふふ、大変だったみたいですね。赤坂、お茶をお持ちしてあげてください。」

「かしこまりました、主。」


赤坂と呼ばれた紳士は蠍のために部屋を一旦後にした。
後ろのドアが少し大きな音を立てて閉まると、蠍は
憂鬱な気分を捨て去り、仕切り直しの合図に眼鏡を左手の中指で上へ押す。


「主。それで、今回の仕事の内容は・・・?」


蠍の言葉に軽く頷くと蠍の前にあるテーブルを指差した。その上には封筒が一つ置かれている。
蠍はその封筒を手に取り、中身を取り出した。
中には今回の仕事の資料が入っており、中身を軽く確認すると再度、主に目線を送る。


「化粧品会社ですか?」

「ええ。でも、裏が多そうです。」


視線を主から資料に移し、文字に目を通していると部屋のドアが開く。
赤坂が入ってくると蠍の目の前に紅茶がおかれる。
一言礼を言うと蠍はティーカップを持ち上げ、口まで運ぶ。
紅茶が乾いた喉を潤すと少しは気分が良くなった気がする。


「今回はその会社について調べください。」

「調べた後は?」


蠍が資料から目線を外さずに問うと、赤坂から受け取った自分用の紅茶に口をつけ、
一息してから答えが返ってきた。


「調査が終了しだい、判断いたします。」

「・・・御意。」

封筒の中に紙をしまうと、カップの中に残っている紅茶を乱暴に飲み干す。
赤いソファから立ち上がり、上着を着込むと蠍は主と赤坂に一礼して玄関へと向かう。
赤坂が見送りをしに玄関まで付いてきてくれたので、
再度そこで礼を言い、ドアを開けるとポツリ、ポツリと雨が落ちてきた。


「おや、今日は一日晴れる予報だったのですがね。
 ささ、コレをどうぞ。」

「・・・すいません。では、失礼します。」


赤坂が紳士用の傘を靴箱の隣に着いている傘立てから取り出し、蠍に渡す。
その傘を広げ、また人ごみの中を歩くのかと肩を落としながらも蠍は
足を進めた。ココから家までは電車と徒歩をあわせて
40分程度だが、行きの人の多さと、この雨で歩行者が
傘をさしていると思うと蠍はため息を大きくするしかなかった。



*


「ねぇ、蜜知ってる?」

某テレビ局の控え室。

トーク番組の収録の為にメイクをしていた蜜に、ヘヤメイクを担当している女性が話しかけた。
女性は蜜の顔に軽くメイクすると、次に肩より少し長めの髪をセットしながら器用に話を進めた。


「こないだ蜜と一緒にドラマに出てた新人アイルドルの子いるじゃない?
 少し背の低い子。」

「あぁ、おったな。それがどないした?俺に惚れたか?」


メイク担当の女性は自分がセットした髪を崩さないように軽く蜜の頭を叩いた。