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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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Complicated GAME

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Act.5 Darjeeling



ちかり、


走るのはシグナル。



気づいてた。


気づいてなかった。


待っていた。


怯えていた。





どちら?





こたえなんか、知らなくていい。











 部屋の主の性格をそのまんまあらわしたような、真っ白で洗いたてのシーツ。

 それが掛けられたベッドに倒れこめば、まず鼻をくすぐるのは柔軟剤のいいにおいだけれど。


 だけど、どんなに几帳面に洗っても、消えてしまわない匂いがあって、イブカにはそれがわかる。


 シーツにも、ピローケースにも、そして部屋のそこかしこにも。



 馴染んだにおいは、確かにこの部屋の主である金髪の青年のもの。



 まるで彼の性格のように遠慮がちな匂いは、ともすれば生活感がなくなってしまうくらいにきちんと整えられた室内をやわらかく覆って、そこを居心地のいい空間に変えてくれている。


 忙しい職業に就いている彼は、この部屋に人を招くことなど滅多にないけれど……もし、誰かが訪ねてきたとしたら。

 きっと、このやさしい空間に惹かれて、あっと言う間に入り浸るようになってしまうだろう。



 それくらいに、この部屋は人をやわらかく受け止めてくれる気配に満ちている。



 だから。



 こうして、イブカも住み着いていられるのだ。





「おっ」



 メールが着信したことを、「シン」が知らせてくれる。

 近頃「着メロ」なるものにハマっているイブカは自分でも作って、時には「シン」に登録したりもしているのだが。



 流れるのは、ラヴェルの「ボレロ」。



 この曲は、「特定のひとり」からの連絡用にしか、登録はしていない。



「へへっ……来たか〜」


 ぶつぶつと、つぶやく声をコマンドに「シン」は忠実に命じられた事をこなす。



 届くのは、待ち望んでいた「挑戦状」。

 勝手に挑んでくるようなヤツは大嫌いだけれど、この相手だけは、まったく別で。


 もうずっと、待っていたのだ。









「……ふ〜ん? いい度胸じゃねえか? やっぱそうこなくっちゃな〜」




 きらり、と光るのは、眠っていた猫のあおい瞳。

 興じるように咽喉を鳴らす仕草は、目を覚ましてゆっくりと伸びをする気ままな野良猫を思わせて。


 鼻歌でも歌うようなつぶやきに、イブカの忠実なる相棒のシンは、即座に反応してメールを送り返す。



「ん〜。ついでにフェアリードでもくっつけてやっかな? 最近あいつら遊ばせてやってナイしな〜」



 この程度、挨拶にもならないだろうが……まずはほんの、リハビリ代わり。



 イブカ自身、最近はあまりにも平和に浸かっていたものだから、手を馴らしたくもある。



「……ま、いっか。どうせスグ解析されちまうだろーけど……たまにはプレゼントだ、プレゼント」



 軽く手首を捻れば、まるで応えるようにコキ、と鳴った。



「へっへへ……さ〜、どーする?」



 ぺろり、と口唇を舐めるイブカの瞳は、一秒ごとに光を増すようで、高回転に備えるシンの「興奮」の余韻が、わずかにイブカの髪を逆立てる。



 シンも、イブカも……「ふたり」とも。ずっと、待っていたのだ。




「おっ。はは、やっぱそ〜か。だよな〜。そろそろアイツらもちょっと改良してやんなきゃダメかな?」



 ひっきりなしに室内に流れる、「ボレロ」の勇壮な音楽。



「ん? 怒るなって。別にバカにしたわけじゃないしさ〜。最近暇だったんだよな〜」



 即座に返ってくる反応が、おもしろくてたまらない。




(……ああ……そっか)




「似てるん……だな〜。……あ、今のは送んなくていーぞ、シン。てゆーか送るな」



 寝転んでいたベッドから身を起こし、サイドテーブルに載せていた、まだほのかに温かい紅茶のポットに手を伸ばす。


 戯れにカップを揺らせば、部屋の中にゆっくりと拡がるマスカットフレーバー。



「……なあ。早く、来いよ」



 うずうずと逸る気持ちを隠すことさえせずに、相手に届ければ。


 ほんの少し、ためらうような間を置いて、思ったとおりの返事が返ってきた。






『当たり前だ。お前こそ、いつまでも先輩にひっついていられると思うなよ! 首を洗って待ってろ、Ib!!』







「ふふん。アルの「とっておき」と一緒に、楽しみに待ってるぜ〜」



 相手がその一言でさらに逆上することなんて、お見通しで。


 燻る香りは、マスカテルNo.1。


 きっとこれから始まる宴に、一番ふさわしい、誰かの秘蔵の「とっておき」。





「……だから。早く、来いよな」




 






 気まぐれに、各地をふらふらと巡りながら。

 わずかながらある、気を休められる居場所で、漫然と時をやり過ごしながら。


 半眼に開けた瞳でこの世界を睥睨しながら、きっとこの刺激だけを、今は求めている。








 さっさと始めようぜ……オレはもう、十分待ったんだからな〜?









 時は、けして障害になるようなものではなかったけれど……自覚せざるを得ない、「変化」。

 まだまだ「先」は長い予定の自分だけれど、もう、遊んでいられる時間はのこり少ないのだと、わかっているから。


 今だけは、この「遊び」に熱中していたい。

 ただ、遊んでいたい。



 ぜんぶ忘れて。



 すべてを巻き込んで。




 さあ、始めようか。










「Shall WE start Tha Complicated GAME?」
作品名:Complicated GAME 作家名:物体もじ。