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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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Complicated GAME

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Act.4 H.M.B



知っている。


やさしいことを、知っている。


だけど、物足りない。



「だから」、ものたりない。



知っているから、




ものたりない。











「それじゃあ、イブ。僕はヤードに行くから」

「あんた、まだあそこにデスクあったのか〜」

「イブっ! 当たり前だろ!」

「なくなるのは、暴力男とどっちが先かね〜?」

「ウルフと一緒にするなって!」

「ま、せいぜい頑張れよ〜」

「人の話を……」

「遅刻するぜ?」

「う……あ、部屋、ちらかすなよイブ!」

「善処するぜ〜」



 イブカがいるときは、いつも朝が騒がしく、慌しい。

 まあ、それは夜とても変わりはないのだが。

 それは、昨夕、フィッシュ・アンド・チップスとケーキを抱えて二人がフラットに帰りついたときも同じだった。











「……イブ」

「ん?」

「おまえ……帰ってきたのは『さっき』だって言ってなかったか?」

「言ったよーな気もするな〜」


 こちらを向こうともせずに、ぱくり、とイブカはあたたかいフィッシュ・アンド・チップスを口に放り込んでいる。

 それに背を向けたまま肩を震わせているアルの視線の先にあるのは、今朝きちんと整えてから出勤したはずの、自分のベッドルームで。


 しわひとつなかったはずの洗いたてのシーツはくしゃくしゃに乱れ、何冊かの本が無造作に放り投げられ。

 サイドテーブルには飲みっぱなしのティーカップ(しかも来客用のヘレンドのアポニー)、あまつさえ、ベッド脇の床にはポテトチップスの袋が中身をこぼしながら落とされている。


 こんなことをする人間は、世界に一人しかいるはずがない。



「い、い、い、イブカ―――っ!!!」



 ノイズキャンセラーでも手に負えないような、アルには珍しすぎる怒声にイブカも軽く首をすくめる。



「おまえの『さっき』っていうのは、一体いつなんだ!? どうしてこんなに部屋が汚れてるんだよ! そもそも、どうして自分の部屋じゃなくて『僕の』! 部屋を汚す必要があるんだっ!!?」

「……あ〜、うるせ〜」

「イブっ!!」

「どーせ片付けるんなら、どこでも同じだろ〜?」

「そりゃそうだけど……って違う! 話をそらすなよ、イブ!」

「それよか、冷めないうちに食べちまおうぜ〜。フィッシュ・アンド・チップスがあんたを待ってるよ〜」

「だから少しは人の話を……おい待てよ!」


 アルには珍しく張り上げた声も、吊り上げた目も、イブカが反応を見せたのはほんの一瞬。

 あっと言う間に、それはあっさりと無視されてしまった。


 フィッシュ・アンド・チップスをつまみながら居間へ戻ってしまうイブカにかける声が怒りのあまりか見つからず、目の前で無情にもドアがぱたんと閉まる。


 
 アル・ワトソン惨敗。連敗記録、今回も止められず。



(ど……どうしてあいつはああ身勝手なんだ……!)


 さんざんに散らかされた己が部屋を見回し、アルは一人嘆く。

 悲しくも身についた習慣からポテトチップスの袋を拾い、本を棚に戻しながら、どうすればあの破天荒を擬人化したようなこどもが少しはおとなしくなってくれるかと、(無駄な)考えをめぐらせた。


 それでも、乱されたシーツを直す間に、「イブカがここに馴染んでロンドンに居ついてくれるならまあいいんだけど」と、彼には珍しくも前向きな考えに頭をすり返ることに成功する。

 考えても無駄なこと、という意識はいちおう彼にもあったらしい。


 部屋を整えて居間に戻れば、いつもの如くソファに陣取ったイブカが、テレビニュースを眺めながらフィッシュ・アンド・チップスを頬張っていた。


「アル、遅いぜ〜。オレ、のど渇いちまった〜」

「……今、お茶を淹れるよ」


 もう何も言う気力もなしに、アルは肩を落としたままでキッチンに向かう。


「お、とっておきか〜?」

「それは食後。今はティーバッグのでもいいだろ? リッジウェイのH.M.Bがあるから」

「お〜。『女王陛下のブレンド』か〜。あんたいいの持ってんな〜」

「今日だけだぞ」



 何だかんだと言いながら、もしかして自分はイブカに甘いのではないだろうか、と思うのはこういう時である。

 キッチンでティーバッグを入れたスージー・クーパーのポットにお湯を注ぎつつ、アルはため息をついてしまう。


 居間からは、一体テレビのチャンネルを何に変えたのか、大笑いしているイブカの声。


(まあ……わがままはわがままなんだけど……)


 自分やこのフラットに、少しでもなじんでくれているのは、やはり嬉しいし、これでふらりとどこかへ消えてしまうことが少しでも減れば、などと期待もしてしまう。

 それに、自分では普段意識などしないし、考えると少し癪ではあるものの、アルは結局この奇妙なこどもが好きだし、イブカを見ているのは楽しいことでもあるのだ。


(あれでもう少し……何と言うか、可愛げがあればいいんだけど)


 それは無理だ、と思いながらもついつい考えてしまうのも、既にイブカを受け入れてしまってしまっている証拠で。

 この共同生活めいたものを楽しんでしまっている自分が確かにいることを、アルは確認して(させられて)いた。


 だから、諦めのため息をひとつだけ。






 きっちりと時間を計ってティーバッグを引き上げたポットと2客のカップをトレイに載せ、居間に戻ったアルは、笑いすぎたのかソファからずり落ちてお腹を抱えて身体を震わせているイブカを発見して目を丸くした。


「……イブ?」

「くくくく……あー、アルか〜? 腹いて〜」

「一体何をしてるんだい?」

「テレビ……おもしれ〜」

「テレビって……ただのニュースじゃないか」


 てっきり何かコメディ映画でも観ているのかと思いきや、テレビ画面に映っているのは何の変哲もないニュースの映像。

 テーブルにトレイを置いて、いぶかしげに首をかしげたアルに、ようやく笑いが治まったらしいイブカがソファに座り直しながら指で示した。


「アル、よく見てみろよ〜。あのキャスター」

「え……うわっ!?」

「あ〜、おかしー。こんだけ笑ったのって、久しぶりだぜ〜」

「な、何であんなことに……」

「さあ? エアコンの風かなんかじゃねえの? けど、見事なバーコードだったぜ〜。ま、あーなっちゃよく見えねーけどな〜!」

「………………」


 アル、絶句。イブカ、再び大爆笑。

 二人の視線の先にあるのは、真面目な顔で殺人事件について報道している初老の男性キャスター。

 正しくは、その頭。

 イブカの推論が当たっているのかは知らないが、その随分とまぶしい頭頂を覆っていたはずの長くのばした横髪が、どうしたことかめくれ上がって頭の右側にむなしくなびいている。


 隣に座った若い女性キャスターもそのことに気付いているらしく、先ほどからしきりと不審な咳を繰り返し、どうやら笑いをこらえているらしい。

作品名:Complicated GAME 作家名:物体もじ。