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惑星の記憶

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はじまりの指針


遠い海の向こうから天の恵みがやってくるこの季節では、太陽はいつも決まって真東から昇る。
 今日も例外なく、水平線の向こうから一日が始まった。昨日の闇を、今日の光がぬぐい去っていく。
 港町ヴァレンティスの朝は早く、威勢のいい船乗りの掛け声は海風に乗り、調べとなって町の市場を吹き抜け、陸の町並みまで届いた。
 とある家の二階の小窓が、時を告げる鳩時計のように開いている。陽の光はレモン色のカーテンをくぐって部屋全体を照らした。
 少年は目を醒ました。
 潮風に耐える木枠の窓から、心地よく涼しい風が流れ込むのと、外からの色々な音。鴎や水凪鳥の鳴き声、市場からのざわめき、それとすぐ下の通りの向いに住む早起きな老人が、井戸水を汲み上げる音などにしばらく聞き入っていた。
 少年は階段を軋ませて、台所へ降りてきた。
 キッチンには東に明かりとりの窓があり、井戸から水を引いた流し台と、竈と、4つの椅子を囲んだテーブルがある。
「あら、ルージュおはよう。早かったじゃない」
 30代前後の女性が、すでに朝食が置かれたテーブルの奥の椅子に、ほお杖をついて座っていた。 母親のサンディーは、黄緑のチェックの入ったエプロンを着て、長い金髪を後ろでたばねている。
「お早う。今日は解禁?」
「ええ、そうよ。あの人ならだいぶ前に出ていったわ。まだ暗いうちに」
「僕にはとうてい無理だなぁ、漁師は。朝はゆっくりしたいし」
「だったら毎日学校に通うしかないわね」
サンディーは微笑みながら言った。
「ほら、早く食べなさい。そんなにゆっくりしていられないわよ」
 2人分のベーコンエッグと丸いパンがある。ガラスボールに入ったサラダが、テーブルの中央に置かれている。
 ルージュがそれを食べるのを、サンディーはただじっと眺めていた。
 食事を終えたルージュは、そのあと部屋に戻り、かばんを持って玄関のドアを開けた。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けてね。あ、帰りに市場でお魚買ってきてちょうだい」
 サンディーが彼を見送った後、少したって階段の方から足音が聞こえてきた。
「父さんはもう海へ出たよね。あれ? あいつもいない……」
サンディーによく似た女性の声だった。
「ルージュなら学校に行ったわよ、レナ。何か用だった?」
 レナと呼ばれたのは、ルージュの3つ年上の姉。母親譲りの長い金髪で、白い学衣の下には動きやすそうな紺のズボンをはいている。
「いや、朝食ぐらい一緒に食べたらどうかと思ってさ」
「それはあなたが遅いからでしょうに」
 二人は食卓に向かい合った。
「レナ、そういえば魔法院のことはどうだったの?」
「ああ、OKだったよ。昨晩も言ったけど、学長から推薦してもらえるようだし。一応、魔法院のどれかの部署への就職は確実かな」
「そう、それじゃあ、後はルージュが無事に神学校を卒業して、アカデミーに入学できるかどうか、ってとこかしら」
「あいつは私みたいに地元じゃなくて、アストリアの王立アカデミーなのよね。くやしいけど、あれは才能としか言いようがないわ」
「でもあの子ったら、最近になって、突然、『旅に出る』なんて言うのよ。何かあったのかしら」
 朝食が片付いたので、二人は流しに食器を運び、井戸水で洗い始めた。
「母さん、それは昔からそうだったと思うけど? 私にはよく言ってたよ。『僕の中には白紙の地図や百科事典があって、それが今ほこりかぶってる』とかね。あいつはこんな言い方しても、全然浮いた感じがしないんだよね」
「確かにあの子は探究心が強くて、そんなことも言っていたけど、実際に旅に出るなんてことを考えるようになっていたなんて…。未開の大陸とか、世界に残された無数の謎とか、そういうものに首を突っ込むことになるのかしら、やっぱりあの人の子だわよねぇ。あの人も宮廷魔術師だったのよ、今ではすっかり海の男だけど」
「うーん、母さんも浮かないね、そういうセリフ。でも私に言わせてもらうとさ、人の心なんてそんなにすっきりと言葉でくくれるわけないと思うの。特にあいつの場合、気まぐれだから」
「レナは人を、ありのままの姿で見ることができるのね。そう、他人の心は特に、理屈で理解しようとすると絶対に間違っているものだわ。あの子も、もう16歳なわけだし、私も少し距離を置いた方がいいかもね」
作品名:惑星の記憶 作家名:風代