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人工的ロマンス

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その部屋は壁も天井も床も、一片の汚れさえなく白に染められていた。
さてここは何処だろうと、部屋の中で一人、千佳は考える。
八畳ほどの部屋の中には窓がなく、高い天井にランプが取り付けられているものの、スイッチの類は見当たらない。
部屋の中には金属ベッド、隅にある洋式トイレと猫足のバスタブは白いカーテンで区切れるようになっており、排水溝やシャワーも付いているようだ。
その隣には麻布の簡易な衣装ケースが置かれていた。
中に何が入っているのかと千佳はベッドから降りる。足の裏から伝わるひんやりとした固い感触に、靴どころか靴下も履いていないことを今更ながらに知った。
白い麻布のケースの中にはバスタオルが数枚にフリーサイズの下着一式と黒いキャミソールワンピースが入っていた。
部屋の色と対照的な色のワンピースを腕で広げながら、靴下がないのは少し寒いかもしれないと千佳は考えていた。
そして、流石にその考えは場違いかと首を捻ったが、別段困ることではないので考えることをやめた。
室温は調節されているらしく、暑くもなく寒くもない、心地よい温度に保たれている。
部屋には扉が取り付けられていた。
一応形だけでもと千佳は扉に手を掛け、押したり引いたり、念のために左右にも動かそうとしたが、鍵が掛かっているらしくびくともしなかった。
それも当然だろうと千佳は納得する。浚われた先で閉じ込めるための部屋に鍵が掛かっていないはずがない。
千佳は普通の大学生である。
大学に通うために上京し、この春にアパートで一人暮らしを始めた。
大学の前期がどうにか終わり、長い夏休みにどうせならばアルバイトでも始めようかと考えていた。
駅で配られているアルバイトの情報誌に目を通し、めぼしいところにチェックを入れて明日連絡してみようとベッドに入ったはずである。
もちろん自分の部屋のベッドに。
だが次に彼女が目を覚ました時にはすでにこの部屋の中にいた。
寝る時に着ていたもこもことした淡いイエローのパーカーとショートパンツのルームウェア姿のままだったので、寝ている間に体をどうこうされたわけではないようだった。
こうして浚われたからには何か目的があるのだろうと千佳は考えてみた。
いやらしいこと目的なら寝ている間に達成してしまえばいいし、わざわざ浚う理由にはならない。
相手が起きていないと駄目なのだろうかと悩んでみたが、性犯罪者の気持ちがわかるわけもないしわかりたくもない。
次に身代金目的の誘拐かと千佳が思いついたのは、最近見ているドラマの影響だろう。
だがドラマで浚われるのは大抵子供だ。
子供の方が浚いやすいし、千佳の家は一般家庭で父親は只のサラリーマンだから、子供でなく成人間近の女性を浚うメリットが見当たらない。
千佳の思考は早くも行き詰ってしまった。
自分を浚って部屋に閉じ込めるメリットが何一つ浮かばない。
お金持ちではないし特別美人なわけでもない。
一人暮らしの大学生の女子というのも、それこそ同じアパートにだっている。
一人で考えても答えは出ない。
ならば次は行動に移ろうと千佳は立ち上がった。
「誰かいませんかー?」
扉をコンコンと叩いて、叫ぶわけでもなく彼女は扉の向こうに声を掛ける。
浚われた人間にしてはあまりにも暢気な態度であるが、千佳が何も考えていないわけではない。
反抗的にしても現状は変わらないというのが大部分であったが、下手に抵抗して相手の態度が攻撃的になるのが彼女は怖かった。
何せ千佳はひ弱な一般女性である。
千佳一人を誰にも見つからずに運べたことから考えて、相手は男性であるか、女性であっても複数であることは想像に難くない。
護身術をやっているわけでない上に身を守れるような武器もない現状では、彼女の行動は正しいと言えよう。
逃げるならば現状を把握した上で、相手の油断を狙うのが最も理想的だ。
油断を誘うためには、従順であることをアピールし多少馬鹿にされて下に見られている方がよい。
だが彼女はそこまで考えていたわけではない。
そもそも逃げることに関しては考えるだけの余裕はなかった。
平然としているのは表面上だけで、混乱していないわけがないのだ。
取り繕うのが上手いというよりは、混乱しすぎて変に冷静になっているだけである。
そして何より千佳は反抗的な態度を取って痛い思いをするのが嫌だった。
それはいかにも現代日本人らしい平和な考え方であった。
千佳の呼び掛けからワンテンポ遅れて、扉の向こう側から返事があった。
「すみませんがベッドの所に戻ってください。抵抗はしないでください。こちらは刃物を持っています」
若い男の声だった。
千佳は慌てて小走りでベッドの上に飛び乗り、膝を揃えて座る。
当然ながら声の相手に逆らう気はない。刃物を持っているというならば尚更だった。
「どうぞ!」
言ってからここは自分の部屋ではないのだから「どうぞ」というのは変だったと千佳は思ったが、相手は気にならなかったようですぐに鍵を回す音がした。
扉が部屋の方に向かって開く。
現れたのは声から受けたイメージ同様に若い青年だった。
身長は180センチはあるだろうか、全体的にひょろりとしていて体育会系ではなさそうだが、全く筋肉がないというわけでもないようだ。
白いシャツにジーンズというシンプルな格好で、顔の中央に鎮座する黒い眼鏡のプラスチックフレームから覗く茶褐色の瞳が、じっと千佳の姿を観察している。
何処にでもいそうな大人しそうな印象の青年だった。
年の頃は千佳と同じか、少し上かもしれない。
白い手には本人が宣告した通りに、彼の文学青年のようなイメージとはいささか不釣合いな文化包丁が握られていた。
千佳は彼の顔に見覚えがあった。
記憶が正しければ、高校で同じクラスだった。
親しくはなかったので、名前は思い出せない。
「お久しぶりです」
青年は扉を閉めて、千佳から視線を外さないまま少しだけ頭を下げた。
「え、あ、その、久しぶり……?」
つられて千佳も頭を下げ、とまどいながらも言葉を返す。
高校を卒業してもう四ヶ月近く経つ。
久しぶりという言葉は適切ではあったが、あまりにもこの場にそぐわない言葉だった。
千佳は相手の意外な正体と普通すぎる態度に、半ば自分の立場を忘れかけた。
「柴田俊之です」
「えーと、柴田くん……?」
「はい」
青年は呼ばれた名前に少しだけ目を細めた。
千佳は問うよりも先に相手が普通に名乗ったことに戸惑う。
名前を覚えていないことを見透かされていたのか。
「えっと、ここは?」
「詳しい場所は言えないけど、とりあえず日本です。俺があなたをここに連れて来ました。密入国とかはないので安心してください。今は7月28日の午前10時くらいです。他に何か質問はありますか?」
さらさらと用意された原稿を読むように柴田は彼女の疑問に答えた。
それがやけに手馴れているように感じられて千佳は背中の辺りに寒気を感じた。
「それ、じゃあ……」
おそるおそる千佳は唇を湿らしながら言葉を発する。
聞いてもいいものか、柴田の態度からは計りかねた。だが聞かねば何も進まない。
「なんで私をここに、連れて来たの……?」
千佳は「浚った」や「閉じ込めた」という単語は使わなかった。
作品名:人工的ロマンス 作家名:真野司