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6/12臨帝オンリー新刊サンプル

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死神の心臓音


○36P / イベント売り300円
 臨也さんが死神のパラレル。純愛。中扉+冒頭2ページちょい


***



死神には、心臓があると知っているかい?
どうしてそんなものが存在するのか、臨也はずっと昔に伝え聞いた記憶がある。
なんでも、神様とか言われる上のほうの偉い人たちが、「死の恐怖を知らない者に生物の命を奪う権利は無い」とかなんとか言って、作ったらしい。
そうは言っても死神は死神であって、決して人間ではないから、その心臓もただ機械的に鼓動を刻む装置のようなものだ。
こんなオモチャみたいな心臓が止まると自分も消えるだなんて、信じられない。
とくん、とくん、生きている音と人は言うが。
臨也にとってそれはあまりに作り物めいた偽者の響きがした。生きるというのは、そんな無機質なことなのか? 何度か自分に問いかけながら、それでも。
臨也には、心臓がある。
それは絶え間なく臨也の生を歌い、死神という不安定な存在に命を送る。
今も、この胸に。
淡々と脈打っているのだった。



「死神の心臓音」


◆ ◆ ◆



 臨也の心臓がおかしくなったのは、一人の少年に出会ったときからだった。
 今も、よく覚えている。
 まだほんの小さな、透明な目をした子供がまっすぐに臨也を射ぬいた、その視線を。曇り空から降り注いだ太陽の光が、臨也からその少年を隠すように大地に降り立った眩しさを。青葉を茂らせた桜の木が、ざわざわと風を受けて騒いだ振動を。静かな早朝の空気に溶けた、彼の、音を。
「つれてゆくの?」
 声は感情を含まず凪いで、ただ空気を染める。子供は七つを越えるまで神の子というから、あるいは、それで臨也のことも見えたのかも知れない。
「……うん、連れてゆくよ」
 静かに頷いた臨也の肩には、一匹の猫が乗っていた。それはこの家で、幸せに暮らして幸せに終わった一つの命だった。どこにでもあるような、ありきたりな一軒家。どこまでも広がる田舎の風景に埋没するその場所で、それでもたしかに誰かに愛された命を、臨也は連れてゆく。
 少年は猫を見つめ、臨也を見つめ、それからもう一度猫に視線を移して、小さく名前を呼んだ。ほんの少し肌寒い早朝の気温に宿る、その声だけが温度だった。
 この小さな子供は、今日はじめて身近なところで命の儚さを知ったのだろう。大切そうにこぼされた猫の名前は、きっと少年の宝物として、その心に残るのだろう。
「……おにいさんは、そのこを、しあわせにしてくれるひとなの?」
 そうであってほしい、という願いのような少年の言葉に、臨也は肯定を返せずに小さく微笑んだ。
「さあ、どうだろうね。それを決めるのは俺じゃないからわからないなあ」
 連れていくことしかできない死神に、その先を尋ねるのは無駄なことだ。淡々と返した臨也に、少年が一歩近づく。
 この子は、死神を恨むのだろうか。ふと、そんなことを考えて、臨也は少年を見返した。
 死神とは本来そういうものだ。大切な人を連れて行く存在、憎むべき存在、忌むべき存在。そう思われても仕方が無いのだろうし、どう思われようと構わない。臨也は人間ではないから、その生命がどれほど大切にされていたのか、どれだけ愛されていたのか、どれほど必要とされていたのか、そういうことはよくわからない。
 この少年も、今までの人間と同じように、臨也を恨むのだろうか。連れていかないでと泣くのだろうか。けれどもそんなことを思った臨也に、少年はもう一歩近づいて、その顔を上げて。
「おわかれに、なでてもいい?」
 と、ただ静かに問いかけた。
 臨也は肩に乗る猫に視線で問いかける。どうする? 少しくらいなら構わないよ、と。
 猫は一つ鳴いて、とん、と軽く地面に降り立ち、それから少年の足元をグルグルと回りながら身を摺り寄せた。十八年間、生きた猫だ。子供をあやすことも容易かろう。
「ばいばい、しあわせになってね」
 子供の小さなてのひらが、そのふわりとした首周りを撫でるのを見下ろし、臨也も地面に肩膝をついて視線を低くした。たしか、小さい子供と話すとき、人間の大人はよくそういうポーズを取る。
「おにいさんは、はこんでくれるひとなの?」
「そうだね。お迎え役ってところかな」
「ぼくがしぬときも、おにいさんがくるの?」
「うーん、どうだろうね。その時まで俺の心臓が動いていたら、来るんじゃないかな」
「そしたらぼくは、このことおなじところに、いくの?」
 大きな瞳が、まっすぐに臨也の瞳を射ぬく。それは多分、死神として臨也が存在した最初の時から数えても、きっと初めてのことだった。ずいぶん長いことこうして色んな命を連れていったけれど、生きている人間と会話をするのだって、片手で数えるくらいしか無いのに。
 子供は、きっと、まだ世界に怖いものがないのだろう、と臨也は考える。無知であるがゆえに、子供の頃だけ人間は無敵なのだ。無敵だから、未知の存在を容易に受け入れる。それも一つの強さだ。
「分からないな、それを決めるのは俺じゃないから」
「……ふぅん」
 猫はあまり長く少年に触れることをせず、すぐに臨也の肩に戻ってきた。未練を残せば、双方が辛い。迷いなく行けるというのならば、それができるうちに渡るのが一番だと、分かっている。
 臨也は少年の瞳を見返す。
緩やかにその目に溜まる水の、零れ落ちるのをこらえてとどまる表面張力を。瞳に写りこんだ新緑の色が、少年自身の瞳の色と混ざりあって揺らぐ、その瞬きを。小さく息を吸い込む拍子に、ほろりと一筋こぼれ落ちた雫を、それをすぐさま拭い去った小さな手のひらを。
「悲しいかい」
 尋ねるのは野暮なことだった。それでも、聞きたかった。
 少年の声を、少年の音を。
「……うん、すこし」
「少し?」
「……いっぱい」
 人間も、猫も、その他命あるものはすべて、とても脆い生き物だから、ほんのちょっとしたことで死んでしまう。木々だって虫だって、とてもささいな事で。
 日常に埋没するかのようにそこかしこに存在する「生命の死」を、彼らは、嘆き悲しんで生きていく。この少年もまたそうやって、猫との別れを惜しんだ後はまた新しい生命を手元に置くのだろう。
 悲しむと分かっていて、なぜそうするのか。臨也にはそれを理解出来ない。けれども、臨也は死神だから、理解する必要もなかった。



*綺麗な臨也さんは好きですか的な話です。