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茅山道士 白い犬3

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次の朝、うつらうつらとしていた子夏は、太陽の光で眼が覚めた。白い犬の姿はなく、そのいた場所に、屋敷の場所をしたためた紙と櫛がポツンと置いてあった。その向こうに、まだ、若い道士が眠っている。まだ、起きる様子はない。
 いつもの癖で、子夏は本堂の玉皇大帝と三官の掛け軸に線香をあげ、経文を唱えた。この村の道観は、子夏たちの所より少し小さくこじんまりとした造りである。おもての庭に降りて、横手の棟に入ると、昨晩は暗くて分からなかったが、幾つかの棺が安置されて、真ん中あたりに新しそうなものがあった。そのまわりに、何体か紙で作った人間が置かれ棺を囲んでいる。昨日の女性はこれだったのか、と子夏は納得がいった。そこにあった棺にも線香をたてて、経文をよむ。これも道士の朝の日課で、今頃は、緑青と戚も同じ事をしているだろう。
 棟から出ると、麟も起きたらしく、本堂で拝んでいる姿が眼に入った。法衣を脇に抱えて朝のおつとめをしている。それが終わると、子夏の立っている棟にむかって走って来た。
「おはようございます、子夏兄。先に、おつとめしてきます。」
法衣を持ったまま、若い道士は棟に入った。
それを見送って、子夏は本堂に戻り、その扉を閉じた。さて、これからが仕事である。
 屋敷は、この村の賑わった場所に建っていた。隣村の道士だが、ご主人に用があると言うと、すぐに、奥へ通された。
 主人はすぐに出てきて、「何の用でしよう。」と、尋ねた。主人は恰幅の良い男で、日に焼けている所を見ると、遠くまで仕事に出たりしているらしかった。2人の道士はあまり良い印象を受けなかった。
「これをお預かりいたしました。本物と取り替えてほしいとのことです。信じて頂けますか、ご主人。」
 主人は櫛を見て、顔色を変えた。本人には、それがどこにあったものか分かっている。
「そうですか、最近、白い犬の化け物がよく走るので困っていたのですが、そういうことでしたか。わかりました。少々お待ち下さい。」
 主人は一端、奥へひきこんだ。しばらくして、奥で大きな口ゲンカが聞こえたが、それもすぐにやんで、足音が戻ってきた。
 主人は、道士が置いた櫛のすぐ横に寸分違わぬ櫛を置いた。最近、化け物が出るので道士にお払いをしてもらったのだが、そういう理由でしたかと、同じ事を言いながら主人は並んだ櫛を見て忌々しそうに言った。
「それを持って、あなたも道観に来て頂けませんか? ご主人。」
 道士の言葉に、「は? 」と、主人は聞き返した。
「・・・・この世に未練を持って死ぬとキョンシーになるか、鬼になることはご存じですよね。この櫛が、あなたの亡き奥様に未練を持たせたカギですが、これをきっちりとあなたが渡して、どこか良い地脈の所へ埋葬して差し上げれば、家に難儀をかけることもありませんよ。」
 暗に、行かないと家に災難がかかると、子夏は主人を脅した。そう言われても主人は面倒そうに、「とりあえず、櫛を棺に入れてやって下さい。埋葬の事は、うちの村の道士と相談して決めますから。」と、返した。それで、子夏は紙と硯を借りて、今までの経緯と、埋葬の件をしたためて、「道士に渡して下さい。」と、主人に預けた。
「今、孔先生はお留守なんですよ。それで、うちのほうに、お願いに来られたようなのです。今日か明日にも戻られると思いますよ。」
「そうですか、わかりました。では、埋葬の手配は、その時にします。妻の亡骸は、この村の道観にありますので、櫛だけを先に納めてやって下さい。」
 それだけを言うと、主人は奥へ入った。「帰れ。」と、言ってるらしい。道士ふたりは、立ち上がって部屋を出た。奥からまた、女の罵る声が聞こえた。
「奥様の物、全部くれるって言ったじゃないっっ。 あの櫛、いくらするとおもってんのっっ。 それを、あんな道士に言われたくらいで渡して・・・・取り返してよ。」
「またすぐ同じのを誂えてやるから。」
「あの女は、死んでも私が憎いのよっっ。 」
 その怒鳴る声を聞いてふたりは、どうして、あの棺の主が、この櫛に固執したのかがわかった。自分が大切にしていた櫛を、主人はあろうことか、自分の妾に、くれてやっていたのだ。それは、憎しみも募るはずである。無事におさまればいいがと、道士たちは心配しながら屋敷の表へ出た。
 道観の主は、まだ帰っていない。兄弟子は本堂の近くにあった紙と硯を取り出して、もう一通同じような手紙を作って、本堂の壇の上に置いた。あの男が、本当の事を言わなければ、この手紙は必ず役に立つだろう。この村の道士孔とは、親交がある。恐らく子夏の手紙を信じてくれるはずだ。
 棺の前で麟は櫛を手にして佇んでいた。これを棺に入れれば自分の頼まれた事は終わる。それで本当に、この人は冥界に行ってくれるんだろうかと、考えていた。そこへ、ゆらゆらと白い犬の姿が現れた。陽の光が届きにくいとはいえ、やはり、日中に姿を出すのは難しいらしく、陽炎のように揺らいだ姿である。
「お願いです。もし、あなたのご主人が怒りや憎しみに負けてしまったら、その時は、隣村の私の所へ知らせて下さい。・・・・・なるべく苦しまない方法で、冥界へお送りします。」
「わかった。」
 犬は一言言うと、姿を消した。少し安堵した道士は、ゆっくりと棺を開け、中の女主人の手に櫛を持たせた。昨晩のように、死んだばかりといった様子はなく、少し肉がたるみをみせはじめている。このまま、朽ちていけば、魂は冥界へすんなりおりたことを示すはずである。
 後ろ髪ひかれるおもいを残したまま、兄弟子に急かされて、隣村の道観を後にした麟は、その帰り道に、「助かりました。」と、子夏にお礼を言った。「へっ?」 という顔をして子夏が、麟に顔を向けた。
「まだ、私は若輩者で、あのお屋敷に一人で行っても信じてもらえなかったでしょう。子夏兄が来てくれて助かりました。」
 麟はまだ20代前半、もうすぐ折り返し点ではあるのだが、傍目には、まだまだ未成年といった風情にしか見えない。だから、大概、こういう交渉ごとは難儀する。嘴の黄色いひょっこだの、青二才だの、相手は大抵、麟の年齢の2倍以上のものが相手である。正論で攻めても、理解してもらえないことが多い。その点、子夏はもう不惑の年齢で、実徳そうな人物で誰もがその言葉に快く耳を傾けてくれる。
「役に立つ事もあるんだな。・・・・私は、麟にいつも悪いことをしたと思ってた。何も助けてやれないとも思っていたし。」
 とんでもないと麟は大きく頭を振った。自分が先代の師匠の眼にとまったために、ややこしいことになって恐縮しているのは、むしろ自分のほうだと返した。
「そんなことはない。私たちの力量が足りなかったから、お前に重荷を背負わせたと、私は本当に申し訳ないと思っている。一番きつい仕事を任せなければならないんだから。」
「きついことはありませんよ、子夏兄。それに、・・・・私にはよい仕事です。子夏兄は、きっとこの仕事にむかないから、お師匠様は術を譲られなかったんですよ。だって、あなたは相手の事を思いやり過ぎて、同化してしまうでしょう? そんな事になったら子夏兄が、危険な目に遭ってしまうから。」
作品名:茅山道士 白い犬3 作家名:篠義