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ペッカリー

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 苔の林で小さな青い蛙に会った。雄株の根元で出会った。会った瞬間から馴れ馴れしく、こちらが胡散臭いと思うような朗らかさで、ペッカリーは――カエルはペッカリーと名乗った――道案内を申し出た。私はそんなにストレンジャー丸出しだっただろうかと自問した。
 どちらを向いてもきれいなエメラルドグリーンの林は、そこここで玉となっている水がはじいた光で、宝玉の中にいるように輝いている。そのなかで杉苔の赤い幹はアクセントだ。
「ペッカリーはさ、あっちの方で生まれたワケ」
 丸い吸盤のついた指で林の奥の方を指して言う。苔の林の北のはずれには、沼があるのだと。ペッカリーの兄弟はみなそこで生まれ、母の顔を知らず、そして足が生えるとそれぞれに好きなところへ去っていく。蛙とはそういうものだ、とペッカリーは語った。そしていい加減喋った後で、どこへ行くつもりなのかと私に訊ねた。
 ここに住むつもりで来た、特にあてはない、と私は正直に答えた。
 じわ、じわ、と、足を下ろすたびに水がにじむ。苔の道は上等の絨毯のようだ。十分に水を含んだ絨毯。
 ペッカリーは改めて私の頭から裸足の爪の先までを検分した後、少し口を歪めて、苔の林には向いていない体つきだと評した。
 なるほど私の手にはペッカリーのような水掻きがついていない。むろん足にもついていないから、さっきから柔らかな苔に足をとられてばかりいる。それにペッカリーのようなしなやかな肌も持たない。私の肌は水を弾くつくりなのだ。
 ここには住めないか、と私が聞くとペッカリーは素っ気なくそうだろうと答えた。
「でもアビスの方なら住める」
「アビス?」
 ペッカリーは行く手を指して
「ずっと、この林を抜けたら、アビスがあるのよ」
と言った。ペッカリーの手の甲に薄く水色の模様が入っている。
 アビスが一体なんなのか私にはわからなかった。
「それから、アビスを通り抜けるとオリヅルランの森だね。とても広い。ランナー出して今でもどんどん広がっている。それを越えたら砂漠」
「砂漠?」
「セダムがあるから暮らせないことはないけど、サンドワームも出るからオススメはしない」
 アビスかオリヅルランだよねぇ、とペッカリーは呟く。
 サンドワームとはなんだろう。ペッカリーは濡れたように光る手でしきりに目を擦っている。
 ネジクチゴケの赤褐色の胞子体が、頭上で頼りなく揺れている。
作品名:ペッカリー 作家名:森林