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誘拐犯とパンケーキ

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   * * *

 あまり栄えているとはいいづらい、田舎の骨董屋だった私の家は、二年前、吸収合併という名の閉店という運命を辿った。
 名を尋ねたら男は案外あっさり「クロ」と教えてくれた。アスと呼んでいた運転手は朝早くに出掛けたらしい。それを見張り役のクロから聞き出した私は、朝食をねだった。すると、見張り役を請け負った以上、私を一人にしたくなかったのか、クロはキッチンまで連れてきてくれた。
 長くはないが、しばらくこの誘拐犯の男たちはこの邸を根城にしていたらしい。おかげでそれなりに食糧が蓄えてあった。そこには二年振りに足を踏み入れたわけだけど、かなり汚かった。私たち家族が住んでいた頃には想像もできなかった有様。クロは無言で縄をとき、「いいの」と尋ねた私に、「部屋から出るなよ」と少々憐憫と落胆を兼ねた顔つきで了承した。クロが何を思ったのかはわからない。けれど私は、売るには古過ぎて難を逃れたキッチン用具を見て、撫でて回った。
 二年前まで住んでいた我が家は、いろんなところが老化していた。人が住まなくなった家屋は簡単に朽ちていく。それはまるで人がいなくなった寂しさを表しているようで、家族と共に出掛けられた頃、たまに見かける廃墟に言い切れぬ感情を抱いていたけど、まさか自分の身に降りかかるとは、過去の自分は思っていなかった。
 骨董屋は決して儲かる仕事ではない。でも、お爺様の代に立ち上げた店は、大きくなりはしないものの潰れもせず、町のみんなからそこそこ愛されて続けてきた。しかし、春に異常な雨が続いた五年前、町を含め一帯の地域は凶作という不況に立たされた。不作はあっても凶作はなかった穏やかな地域だった。それが三年続いた。人々は、嗜好品、しかも骨董品という高価なものを欲しがらなくなった。
 徐々に傾いたタキ家に声をかけてきたのが、流行り物を取り扱う隣町の大手雑貨店のマヤ商店だった。
『一緒にこの苦難を乗り越えませんか――』
 困った顔をしたマヤ家当主の言葉を信じ、父上は首を縦に振ってしまった。
 そのあとはあっという間だった。次々に商品はマヤ家に送られ、ツテがあったのか、どこか別の町へ売られていった。しかしそのお金は一割もこちらに支払われることはなく、騙されたと気付いたときには既に時遅し。
 何もかも失ってしまったタキ一家は離散。不本意ながら邸を手放し、父上と母上は遠い遠い開拓地へと出稼ぎへ。そして十三歳だった私は、何の因果か、詐欺師の元で家政婦をしている。
 時間にして十分もなかっただろう。いつの間にかキッチンを出ていたクロが泣いていた私に布を渡した。余計なお世話だと思いつつ顔を拭こうと思ったら、それは私の昔着ていた服で、ますます涙を誘った。

「おい、リナ」
 元・私の部屋からだろう私の古着を持ってきたことから不覚にも誘拐犯にグンと心の距離を縮めてしまった私のことを、彼はリナと呼んでいる。本当に自分の名前以上の名前を覚えられないのか、覚える気がないのかまではわからない。
 大してサイズの変わっていなかった普段着に身を包んだ私は、ボウルを前に一呼吸。卵を割り、牛乳を入れてよく混ぜる。そこに小麦粉とベーキングパウダー、砂糖を少しずつ加えながら掻き混ぜる。粉を入れ終わったところでボウルを抱えて泡だて器を持つ手に力を入れた。
「メシまだ?」
「……手伝うという選択肢は存在しないのかしら、クロ?」
「作ろうとしてたオレから『貸して!』って掻っ攫ったのはリナ、お前だろ」
「だって粉の中に牛乳入れようとするから」
 ガシガシ掻き混ぜながら私は口を尖らせる。
 時刻は昼前。朝食抜きの空腹中、私は二年振りに実家のキッチンに立っていた。「何だって混ぜれば同じだろ」とぼやくクロは無視。液体の中に粉を入れていったほうがダマになりづらい。こういう小さな積み重ねが結果に繋がるとわからないのだろうか。ああ、わからないから人質を間違えたりするのか。
 私はフライパンに油を敷き、しゃがんで火加減を見る。温めたフライパンを濡れ布巾の上でちょっと冷ましてから、掻き混ぜたタネを流し込んだ。
「リナ」
「……クロってお喋り好き?」
「ああ、よく黙れとは言われるな」
 昨晩の冷たさが嘘のようだ。それともこっちが演技なのだろうか。……そんなに器用そうには見えないからきっと今が本性だ。私と同じく、あちらも結構気を許しているらしい。
「要は詐欺に遭ったわけだろ?」
「知ってたの」
「この家の前の持ち主の噂は知ってる」
「……そう」
 どんな噂を聞いたものやら。人の不幸は蜜の味、とは良くいったもの。余所者だからこそ気兼ねなく誇張しまくりの噂を吹き込むのも簡単に想像のつく話だし、恨みはしなくても町人に溜息を吐くぐらいの権利、私にはあるはずだ。
「よく詐欺師の元で暮らしてる、というか働いてるな。詐欺師になったのか?」
「ふざけないで!」
 私の剣幕にクロは驚く素振りも見せず肩をすくめてみせた。ヤな奴。
「あんなところ、好き好んで働きやしないわ。両親のことがなければいつでも出て行ってる」
 両親、と呟くクロに私は伏し目がちになる。
「……莫大な、といっても直接的な数字は教えてもらえなかったけど、それなりに借金があって。そこにマヤ家がまた近づいてきたの」
 なんと今度は借金の肩代わりをするという。
『娘さんをこちらで働かせるのが条件です。なに、家が広くなったのでね、家政婦を募集しようかと思っているんですよ――』
 父上と母上の前で飄々とマヤ家当主は言ったものだ。心がドロリと黒くなる。
「要は人質か」
「……あなたって本当、デリカシーに欠けるわね」
「難しい話をするお前が悪い」
「そうね」
 だから、昨日までも今日からも、人が替わっただけで、人質という立場には変わりはない。
 ぷつぷつと穴があいてきた頃合に、ちょっとめくってみて裏の様子をみる。いいかんじに茶色い。そのままフライ返しを差し込み、一気に裏返した。
「あの人は?」
 私は黒い想いを取り除くように頭を振り、話題を替える。
 アスというあの運転手。クロとどういう関係なのかわからないけど、出掛けたまま帰ってこないということはあるまい。いつ帰ってくるのかという意味合いで訊いたのだが、しかしクロは「オレの兄貴」と返してきた。
「……お兄さん」
 末恐ろしい兄弟もいたものだ。兄からは何もされてないけど、誘拐実行の弟と共犯なのは間違いない。その弟に食事を作っている私も私だけど。
「いつ頃帰ってくるの?」
「昼までには帰ってくるんじゃねーの」
 適当な答えだ。とりあえず、クロが暇そうにしているのだから、これを作って食べて監禁場所に戻れる余裕はあると見なす。
 私はボウルやフライパンと共にさっき洗った一枚の皿を手に取り、よっとフライパンを被せた。
「はい、どうぞ」
「おっ、うまそうだな」
 差し出したのはパンケーキ。私に食べさせようとしたのだから、万が一のことも考えて自分は様子見。本当は誘拐犯なんかに渡さず、さっさと食べたいところだけど、グッと堪える。
作品名:誘拐犯とパンケーキ 作家名:斎賀彬子