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歌い人と夜

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 カバンをつかんで立ち上がると、コジマは「ばいばい」と右手を振った。俺は振り返さずに、頭を小さく下げると家までの道を急いだ。

 コジマとの出会いは、世の中にはいろいろな生き方の人間がいるのだと改めて感じさせられるものだったのではないかと思う。夢を追い続ける人がいる半面、夢を諦める人がいる。些細なことで人生に絶望する人がいる半面で、何が起こっても明るく前を向ける人もいる。俺はまさに些細なことで人生に絶望して自暴自棄になる人間で、そしてコジマは間違いなく夢を追い続ける人間だろう。
 幼いころの将来の夢とやらを思い出してみる。小学校の時、野球少年だった俺は、将来は野球選手になってメジャーリーグに行くという到底叶わない夢を抱いていた。しかし中学に入ってからは俺みたいな凡人が野球選手になんかなれないということに気付き、高校に入った時にはすでに現実を知りすぎて夢なんて持てなくなっていた。
 そして今の俺はどうだ。上司のいじめに怯えるしがないサラリーマンじゃないか。小学校の頃の、夢と希望にあふれた俺が見たらきっと泣くだろうなぁ。そんなことを考えていると少しだけ涙が出た。二十四歳にもなって情けなさすぎる。
「だ〜いきらぁ〜い〜」
 自分でもやっと聞こえるかというくらいの小さな声だったが、口ずさんでいた歌に思わず驚いてしまった。ほとんど無意識のうちに歌っていたその歌は言わずもがな、コジマが歌っていた例の歌だったのである。「大嫌い」やら「死んでしまえ」やらの言葉を連呼する奇妙で恐ろしい歌なのであるが、なぜか聞いた瞬間から俺の頭を離れてくれなかったのだ。コジマの話を聞いている最中も途切れることなくずっと頭の中を巡り続けていた不思議な歌。だがどうしてか、この歌を口ずさむたびに足取りは軽くなり、涙は消えて、俺はどこか楽しげな気分になった。
 大嫌いだ。会社も上司もあの女子社員もこんな世の中も。みんなみんな大嫌いだ。
 そう開き直ってみると、今までの顔の表情が嘘のように柔らかくなったのを我ながら感じた。たぶん、俺はずっと言いたくて言えなかったのだ。その言いたくて言えなかったことを、コジマが歌にして俺の代わりに代弁してくれたのである。
 コジマの歌のおかげだ。俺は心の中で行き場のない憤りやら何やらを並べ、そして思う存分あの歌に乗せて吐き出した。静まり返った暗い夜道に、軽やかな靴音と涙声の歌声が響く。
作品名:歌い人と夜 作家名:六月水生