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明日もこうして

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 校舎の東端にある非常階段を登った一番上、壊れた南京錠の掛かった扉の向こうに広い屋上が広がっている。校舎の接地面積と同じだけの広さのそこは、名目上は立ち入り禁止。しかし生徒も見回りの先生も帰った今、誰に見咎められることもなく忍び込んだ三人の生徒。
 長方形の屋上の丁度真ん中、貯水タンクや冷暖房の室外機を纏めて囲ったフェンスを背にしているのは八重坂右(やえさかあき)。制服のシャツの上に学校指定の黒のニットベスト、灰色チェックのズボンはくたびれてはいたがそれでも折りに付けクリーニングに出しているため皺がない。足を投げ出すように座り、切れ長の目を夕日に細めながら本を読んでいた。
 アキの右隣で寝転がっているのは野崎柚流(のざきゆずる)。ボタンを全開にしたシャツの下に青無地のTシャツを着ていて、シャツの袖は肘まで捲っている。スポーツカットにされた短髪頭の後ろで手を組み、ぼーっと仰向けになっていた。
 二人の前、どこから運んできたのか教室にある椅子に腰掛けた宮城希(みやしろのぞむ)。薄手のパーカーの上にブレザーを羽織り、ズボンの裾を折って七分丈にした校則違反のスタイル。緩くウエーブのかかった癖毛の上から大きなヘッドホンを付けて背もたれに深く沈んでいる。。
 アキは本を閉じ視線は本に落としたまま言った。「いつまでこうしてるつもりなんだ?」
 反応したのは野崎だった。よっと声と共に起きあがって。「ま、特にいつまでとは考えていないさ」ただ、と彼は希の方を指さした。「アイツが帰ってこないことにはどうしようもないかなぁ……」
 つられて視線を向ければ俯いている希の姿。長い前髪が顔に掛かって目元を隠し表情が窺えない。しかし、いつもは煩わしいくらいに絡んでくる彼が大人しいというのは些か落ち着かないものだった。いつもは少しは黙ってくれと言うんだが、これは逆に不気味だな。
「確かに。つーか初めて見たぞ希のあんな姿」ぼそっと呟けば希が急に顔を上げた。前髪の隙間から覗く糸目と視線が合った。
「悪かったね。ちょっと気落ちしてるだけなんだけど……そんなに珍しいかい?」
 ヘッドホンを外して首にかけ、ぶっきらぼうな声で言った希。てっきり音楽でも聴いているのだと思っていたが、違ったらしい。
 アキは一つ頷いた。途端に野崎の快活な笑い声。腹を抱えて倒れ込む。そのままごろごろと左右に転がっている。動きを止めないまま野崎が言った。
「変わんねぇよなー、アキは。素直過ぎだって。――希は皮肉で言ったのによー」
「そうだったのか……?」視線を希に戻せば、こちらは口元を押さえて笑いを堪えていた。片手を上げて頷くような仕草を二、三回。それからぷは、と息を吐いて顔を上げた。目尻に涙を浮かべたまま苦笑混じりの声。
「流石はアキだよね。――僕だって急に君達と違うクラスだってなれば気落ちくらいするんだよ? まさか三年目にして分かれるとは思ってなかったからさ」
 この学校も薄情だよね、と笑う希。意外だな、とアキは思った。顔が広く浅い付き合いしかしないコイツがそんな風に思っているなんて。
「クラスが違うくらいでそんなに落ち込むものなのか? そんなの、いつかは別になるものだろう」軽く首を傾げて問えば、横から野崎がぶつかってきた。転がってそのまま激突してきたのだ。
「オレもけっこー寂しいな。三人バラバラだぜ? いつも一緒にいたのによー、アキは違うのか?」
 アキは視線を空へと移した。雲が棚引いて端が赤く染まっていた。風に緩やかに流されるそれを目で追いながら考える。正直、寂しさは全く感じていなかった。寧ろどうして二人が寂しいと感じているのかわからなかった。
 再び首を傾げれば、がたん、と大きな音。視線を下ろせば希が椅子を返して背もたれをこちらに向け、跨るように座りなおした。背もたれの上で腕を組んでいつもの姿勢。
「今までみたいに一緒にはいられないんだよ? 授業中とかさ、あと体育とか」
「そんなこと」と言えば二人の視線がいっきにこちらを見た。「いままでだって選択授業とかであっただろ」
「それはそうだけどよー」と気の抜けた声を出した野崎。おもむろに立ち上がって背伸びを一つ。手を組んで上に上げたままアキを見下ろして。「オレ達もう三年じゃんか。最後の一年がバラバラってどうなんだー、って思わねぇ?」
 そこでアキは不意に理解した。ああ、そうか。コイツらはきっとクラスが別になることじゃなくて、その先を見ているのか。確かに俺達に夏休みはもうないも同然だ。
 立ち上がって野崎に並ぶ。手を下ろした彼と視線が合った。ちらと希の方を見やれば、同じくこちらを向いていた。二人が揃って拗ねたように口を閉じている姿が急に幼く見えてきて、アキは笑みをこぼした。二人を交互に見て言った。
「まだ半年はあるだろ、少なくとも。それに別に違う大学行ったからって一生会えなくなるわけじゃない」
 数泊の沈黙。先に口を開いたのは希だった。珍しく糸目を開いてて驚いた表情。
「なんて言うか、はっきり言うね……」
 続けるように野崎。こちらはぽかんと大口を開けていた。
「あー、うん。まぁ、そうなんだけどな……いや、そうだよな」
 二人とも納得したかのように頷いて、それから顔を見合わせて同時に笑いだした。屋上いっぱいに響くほどの大声で。二人とも先程の比ではない程の笑い方だった。何なんだ、一体……。
 何がなんだかわからずに二人の間で視線をさまよわせていれば、希が立ち上がった。大股にアキの目の前に来て、まだ笑いの残った震える声で。「あー、よく笑った。なんかすっきりしたよ」
 隣から野崎が肩を組んできて。「おー、ほんと笑った笑った……さ、帰ろーぜ?」半ば引っ張るような形で歩を進められる。左隣には希が並んできて、腕を組んできた。勢い良く掴まれたので本を取り落としそうになった。いや、本当に何なんだよ。
 視線で訴えてみれば二人して同じ笑みを浮かべていた。悪戯を思いついた小学生のような、楽しそうな笑み。両端で視線を交わして頷いている。一人取り残されたまま屋上の入り口まで来てしまった。
「おい、何なんだよ」
 問うてみれば希が答えた。「だーかーら、一緒に帰ろう、って。そんでいつもの交差点で『また明日』って言って分かれればいいじゃない」
 反対から野崎も。「そうそう、別にここにずっと居たからって明日がこないわけじゃあないしな」
 アキは二人を一度づつ見やって、それから笑った。気分が底抜けに良かった。
「そうだな。帰ろうか」
 今日も、明日も、明後日も、その次の日もとは言わなくても伝わっているだろう。今までだってそうしてきたのだから、これからだってそうしていい。たとえそれがあと一年しか続かなかったとしても、少なくとも明日はコイツ等に会えるのだ。
【来春を思う】
作品名:明日もこうして 作家名:庭床