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それでも愛は囁ける

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 向かい側の席に座った彼女は机の上に両肘を付いて手を組んでいた。組み合わせた手の形を検分するかのように首を傾げたり、時折煩わしそうに綺麗な長い黒髪を肩の後ろに払ったり、その度に細い首に飾られた華奢な銀の鎖が音をたてている。線の細い身体に大きめのシャツを着るのが好きで、今日も襟の不自然な大きさと相まって小さな顔が強調されている。ほっそりとした顎、薄く笑みを湛えた唇、長めの前髪から覗く瞳はいつも気だるげに細められていて、それがなんとも悩ましげな印象なのだ。つい見入ってしまうほどに儚げで、それでいて視線が合うとまっすぐに見つめてくる。それがどうにも苦手で、私はいつも視線を落としてしまう。
 彼女は自分の手に視線を固定したまま小さくため息をついた。そうして独り言のように呟いた。
「つまり――当たり障りのない言葉で言えば、『愛してる』なのよ。きっと」一端言葉を切って、組んだ手を唇に触れさせた。「でも私の言葉では『殺したい』なの……わかる?」
 私は深く背もたれに沈み、少々大仰に腕を組んだ。いつものごとくなるべく平静を装った声で言った。
「何度聞いても理解はできないな」
 途端彼女は今にも泣き出しそうな程に目を潤ませた。これもいつものことで、私は右手の平を机に叩きつけた。びくっと彼女の肩が震え組んでいた手が解かれる。畳みかけるように言葉を続けた。
「私は君のことを愛しているし、君も私のことを愛している。もし君の愛が『殺したい』という言葉ならそれでもいい。それも含めて私は君のことを愛している」一端言葉を切って、彼女の両手を自分のそれで包む。彼女の瞳が微かに揺れ、それから私の瞳を捉えた。ここで視線を逸らしてはいけない。「しかし、それと理解することとは別の話だ……それはわかるかな?」
 目尻に涙を溜めながらも、ただひたすらに直線の瞳。瞳だけはそのままに彼女は唇を噛んだ。切れてしまうのではないかというほどに、強く。そしてこぼれるように声。「わからないのよ……どうしてあなたは私の言葉がわからないの? 私はあなたの言葉がわからないの?」
 私は両手の力を少し強めて、もう何度も繰り返したそれを口にする。
「それは私たちが他人だから、違う人間だからだよ。たとえ愛し合っていたとしても理解できないことはあるんだ。……だから、そのままでいいんだよ。理解しなくても受け入れることはできるのだから、それで」
 彼女が身を乗り出して、その両手が私の首を掴むのもいつものこと。そんな彼女の唇を、私が強引に塞ぐのもいつものこと。
【理解不能】
作品名:それでも愛は囁ける 作家名:庭床