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Alf Laylar wa Laylah

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――つづきはまたあした――


 

「…おや」
 男はわずかに面白がる響きを声に宿して、眠る子供を見下ろした。金髪の子供は、彼にしては珍しく幼い顔をさらして居眠りの途中だ。その腕の下、枕にされているのは、これまた彼には珍しい本。
 子供が読むような、物語の本だった。
 男は、青いかちりとした服に身を包んだ男は、そっと指を伸ばし、その白い頬に触れた。子供はむずがることもなく、ふにゃりと可愛い顔をする。思わず笑ってしまいそうになった。あんまり無邪気で。
「…エド」
 彼は目を細める。
 その黒い瞳には、深い慈しみが見て取れた。それだけではなく、愛情や切なさ、いろいろなものがそこには沈められていた。
 彼が枕にしている本を、男も知っていた。幼い日に読んだことがある――だけではない。
「…鋼の」
 かわいそうだがそろそろ起こさなければならない。
 男は、少しだけ苦笑して少年の肩を揺らした。う、と小さな声をあげ、金色の目が開かれていく。
 昔も今も、その黄金の輝きは変わることがない。
「おはよう。…“金の魔法使い”」
 少年、エドワードはきょとんとした顔をして、小首を傾げた後悪戯っぽい顔をして笑った。
「なんだ、大佐。大佐でもこんなの知ってんのか」
「ああ。これでも意外と若いんだぞ」
 軽口で答えて相手をみやれば、若いってなんだ、図々しいな、と軽くこきおろされる。ひどいな、と笑えば全然ひどくないよと笑い返される。そのやりとりはひどく心地よいものだった。
「それじゃあ大佐は焔の魔神だな。焔だし。わがままなのもそっくりだ」
「む。聞き捨てならんな、私ほど寛容な男をつかまえてわがままとは」
「それこそ聞き捨てならないっての」
 エドワードはぱっちりと目を覚まして笑った。少年らしい屈託のなさはロイにとって好ましいものだった。

「鋼のは、イフリートと少年はその後どうしたと思う?」
 食事でもどうだい、と誘えば珍しくついてきた少年に、ロイは尋ねた。彼はといえば、その後?、と首をひねった後、あっけらかんと答えてくれる。
「人間になったんだろ」
「…随分あっさり言うんだな」
「だって、そうじゃなかったらまた一人になっちまうじゃないか」
「……」
 今度はロイも黙り込んだ。エドワードは前を向いて続ける。
「錬金術師は、約束したんだろ。オレが一緒にいる、って」
「…そうだな、だが、それは彼の一生の話だろう?」
 エドワードは首を振った。そういえば今日は弟はどうしたのだろう、ロイは遅ればせながらそれに気づいたが、今は話を聞きたかった。
「そうじゃない。それじゃ意味がないだろ、またイフリートはひとりになっちまう。寂しがりなのに」
 少年は不意に立ち止まった。そしてくるりと振り返り、金色の目でじっとロイを見つめる。
「…寂しい思いをさせたくないって思っても、無理はない」
 静かな物言いに、ロイはただ、少年を見返すことしかできなかった。
「だから、イフリートは人間になったと思う。なれた、と思う。錬金術師だってそうじゃなかったら死に切れなかったよ、きっと」
 ロイは目を瞠った。エドワードが、微笑んだからだ。あたりはもう夕闇に包まれており、エドワードの金髪と金瞳がまるで一番星のように光っていた。
「――また一緒にいたいって思った。でも、それは永遠に一緒に、かわらずにいられたらめでたしめでたしっていう、そういうことじゃなくて」
 エドワードは一歩ロイに近づいた。ロイもまた、つられるようにそちらへ近づく。手をのばせば触れ合える距離だった。
「一緒に歩くって、そういうことじゃ、多分ないから」
 小さく、照れくさそうに笑った顔を、もうロイはたまらずに抱き寄せていた。しばらくエドワードは何も言わなかった。
「…いつから、…気づいていた」
 かみしめるような男の声に、エドワードは一瞬目を見開いて、それから閉じた。ばかやろ、と小さく毒づいて種明かしを。
「すぐわかったよ。決まってる。そう言いたいとこだけど」
「…けど?」
「あんたと初めて会って、あんたが帰るとき。指が熱くなった。火傷みたいに」
 左の薬指だ、と笑われる。それは物語でイフリートが与えた呪印の位置。ロイはものも言わず小柄を抱きしめ直した。
「ほらみろ、やっぱりあんたは寂しがりなんだから」
 オレがいないとダメなんだろ、そう得意げに言われて、ロイは胸がつまってしまった。そうして芸もなく頷く。
「そうなんだ。君がいないと、私はさっぱりなんだ」
 情けない男の顔で告白すれば、仕方ない奴だ、なんて尊大に言って、エドワードからキスをくれた。
「…そばにいるから、大丈夫」
 囁きのおまけまでつけて。


 ――今日は、ここまで。続きは、また明日。

作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ