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水の中の青・モネの睡蓮

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『水の青・モネの睡蓮』

 上野美術館でクロード・モネ『睡蓮の池』を観たときのことである。
その美しさに感動すると同時に、ふと遠い昔、絵描きになる夢があった自分を思い出し、胸を掻きむしられるような切なさを感じた。

 ――遠い昔、川が縦横に走っていた。そして、どこの家にも水田を行き来するための舟があった。この舟に乗るのが好きだった。
父が漕ぐ舟に乗り、過ぎる川の風景や船が描く波紋を飽きもせず眺めていたことを今も鮮やかに思い出す。舟は別世界に運んでくれる不思議な乗り物だった。舟の上から、水面を見る。舟の後にできる波紋、次々と現れては消える不思議な波。水面は空と季節を鮮やかに映した。春は桜が舞う青空を。夏は焦がすような青空を。そして秋の澄んだ空を。
いつの頃か、川が映す空の青と川面に浮かぶ睡蓮に魅せられた。絵を描くことが好きだったので、それを何度か絵にしたいと思った。しかし、不思議な水の世界を絵にすることができなかった。
 巨大な暗渠工事によって、張り巡らされた川は消え、舟も消えた。


 舟が消えた数年後のことである。歳の離れた兄が小公子(a little prince)という名の本をクリスマスプレゼントに買ってきてくれた。 表紙を捲ると、クロード・モネの『睡蓮の池』の絵があった。何とも名状しがたい美しさに魅せられた。今もその時の感動を忘れることができない。
青い水面。まるで吸い込まれるような不思議な青。きっとモネも自分と同じように青の色に魅せられたのではないかと思った。たとえば、透き通った青色の空や海の青い水平線を観ていると、不思議と心を落ち着く。心の中にあるいろんなわだかまり消えていく。青にはそんな魅力がある。
 青は天の青さを、そして宇宙の神秘さを象徴すると言った人がいる。たとえば中央アジアの有名なイスラム寺院のモスクは、青色で内部を統一されている。それは宇宙を示したものであるといわれている。

 抽象画家カンディンスキーは、『青』についてこう語った。
 青は、典型的に天上の色である。それが極度に濃くなると、安息の要素が現れてくる。黒に近いまで沈んでしまうと、そこには非人間的な悲哀の響きがともなってくる。

 また西欧の美術評論家は『モネは睡蓮を描いた最初の画家である。西欧絵画史上、水の花が描かれた例は絶えてなかった。モネは西洋でただひとり、西欧の伝統を超えて、東洋の感性に近づいていった。睡蓮が東洋でよく描かれたテーマだからというだけではありません。モネは、ひとひらの葉、一輪の花にじっと眺め入って我を忘れた。自然と接するこういった態度は、西欧にないものでした』といっている。

『蓮の池』を観ると、何かしら宇宙を観ているような錯覚を覚える。それは、その絵が持つ青さが起因しているのかもしれないし、水の持つ鏡のような特性によるものかもしれない。

 水は不思議な存在だ。それ自体なんの色もないが、形あるもの、色のあるものの全てを、光を通して写し出すという特色がある。水面には、そこにはないが映し出された遠い世界のものと、そこにはじめからあるものとが出会う、不思議な「場」である。それはひとつの「宇宙」といっていいかもしれない。この宇宙の中に実に多様な色が有り、多様な形態があり、そして時間とともにその姿を変えていく。
 
 水の世界は始まりもなければ終わりもない。止まることを知らず、はてしない「宇宙」だ。その一瞬の姿を素早くとらえて、モネは絵にした。
『蓮の池』を前にすると、水面が作りだす不思議な「場」と「青」が持つ宇宙的なイメージが重なりあって、あたかも美しいシンホニーを眼で聞くような不思議な感動を覚える。

 自分の針路というものを考えたのは、いつの頃だろうか。中学の終わり、高校の追わり、その時、画家になりたいという淡い夢があった。けれど、貧しい現実があった。不器用な自分には、未来はいつも暗澹たる色に染まっていた。

 ずっと未来の到来を恐れた。ずっとこのままでいたかった。けれど、時間はゆっくりであったが、確実に、未来に向かって流れていく、また、あらゆる問題は先延ばしにしても、やがて、そのときは来る。 その時が来たとき、淡い夢を捨て、自分の不器用さをカバーできるような普通の仕事についた。夢はどこかに置き忘れた。

 夢を捨ててから随分と時間が経った。
 なぜを画家になる夢を捨ててしまったのか、今そんなふうに思う。もし、画家の道を歩んでいたなら、成功しなくとも何か満ち足りた日々があったような気がする。