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砂色世界の救命師

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「サシ! 落ち着け、もう話すな!」
 自分が倒れかけたんだとわかった。一瞬記憶が飛んでいた。後ろに兄さんがいて、僕を支えてくれている。
「お前自分の体のこと忘れたのか? そんなに叫んだり怒ったりしたら……」
 ……そうだった。僕の体は普通の人とは違う。長く走ったり動いたり、今みたいに感情的になると、危ないんだった。
「ごめん……兄さん。つい……」
 まだ少し苦しい。目も開いてるはずなのに、視界がはっきりしない。痛みか、兄さんを侮辱されたから、涙が出てぼやけてるのかな。自分でも泣いてるかどうかはわからなかったけど、なんとなく腕で目をこすった。
「……ここはひとまず帰るとするか。俺がお前の職業について話すと、どうも弟さんが許さないらしい。だがスラナ」
 ユウシさんが立ち上がって、僕と兄さんの横を通り過ぎていく。兄さんは僕を支えた姿勢のまま、首だけをユウシさんに向けた。僕はまだ意識がはっきりしていないから、声だけを聞いていた。
「昔の医者のよしみで言っておく。人を救う道は……医者としての道は、一つじゃない。それを忘れるな」
 強い風が入ってきた。開けられた戸が閉まり、ユウシさんの気配は消えた。


「兄さん……。あの人も医者なの?」
「ああ」
 返事のあとに、あくびが聞こえた。
「昔からの医者さ……。あいつが本当の医者だ」
「え? じゃあ兄さんは何の医者なの?」
 不思議な言葉に、僕は寝返りをうって兄さんのほうを向いた。枕側にある窓からの月明かりで、部屋は真っ暗じゃない。兄さんの影だけが見える。
「俺は、新たに生まれた種類の医者だ。昔の医者はみんなあいつみたいだった」
「兄さんの今の仕事と同じようなことするの?」
 兄さんが、大きく息を吐いた。
「いいや、全然違う。昔の医者は病気を治す医者だった」
「え……どうやって?」
 治せる病気があるのは知ってる。でも、そういうのは医者じゃなくても治せるものだ。
「メス……ってのがあってな。…………はは、懐かしい名前だ。まあ、小さいナイフみたいなもんだ。患者を眠らせて、そのメスで病気の元がある部分を切るんだ」
「切る……? 体を切るの!?」
 僕は本当に驚いた。患者を切る? それじゃあ、よけい悪くなっちゃうじゃないか。
「ああ。そして体の中にある、腫瘍だったりなんだりを切り取るんだ。そうすると患者の病気は治る」
「でも、そんなのひどいじゃないか! なんともない部分も切るんでしょ? 人を切るなんて殺人だ!」
 僕には考えられない。余計なところを傷つけられてまで助かるなんて。
「サシ、患者はその間痛みを感じないんだぞ? 体を切るったって、そういう傷はすぐ治る。医者はそういった手術で、患者の命を延ばしてきていた……」
「え、シュジュツ?」
 聞いた事のない言葉だ。
「ああ、サシは知らないんだったな。そのメスとか、そのほかの器具を使って人の病気を治す行為のことを、手術って言うんだ。もうその手術をする医者はほとんどいない。俺が知ってる限りでは、あのユウシだけだ」
「あの人が……。…………ねえ、あの人“昔の医者のよしみで”って言ってたけど、あれはどういうこと?」
 しばらくの沈黙の後、兄さんが口を開いた。
「わからないか? サシ……。俺も昔は、その手術をする医者だったのさ。だが、この世界の人間は、手術までして生き長らえたくないっていうのが五万といる。そんな人間に、俺は諦めたのさ。生きることを望まない人間を生かして、何になるんだ……ってね」
「…………」
 兄さんが元“昔の医者”だということを、僕は初めて知った。でも、この世界の人間がそういう人たちばかりだなんてことも、初めて知った。
「だがやつは……ユウシは諦めていない。ごくわずかにいる、生きたいと願っている人間たちを、手術で救い続けている。やつのいる場所は、現在では避けられる場所だ。人間を無理に生かそうとする、悪者に見られている。それでもやつはやめないんだ。命を延ばし、少しでも長く生きることが、本当に人間が求めていることなんだと。たとえ意味がなかったとしても、生きたいと願うのが、人間の本来の姿なんだ……。そう言ってたっけな。いつだったか」
「そう、なのかな……」
 もしかしたら、それが本当なのかも。それが当たり前だという環境で育っていないから、僕には異質に見えるだけなのかもしれない。手術に頼らなければ生きられないとき、僕たちは躊躇なく死を選んでる。静かな死を。そんな世の中でも、生きたいと言う人はやっぱりいるんだ。
「ねえ、兄さんは今でも手術ができるの? 器具がそろってれば」
「どうだろうな……。ほとんどが研修医の時の手術だからな。…………やっぱり無理だ。頼れる助手がいれば別だが、そうでない助手がいたり、一人だったら、絶対患者を殺しちまう」
 自嘲気味に小さく笑って、兄さんは僕に背を向けた。話は終わりだというサインだ。僕も兄さんに背を向けて、目を閉じた。


 いた。
 偶然といえば偶然だが、こいつとはどうやら腐れ縁があるらしい。砂嵐の中、一軒の家に、やつが入っていくのが見えた。多分、また助かる患者を殺しに行ったんだろう。すぐ近くでそんな人間を殺されるのは、生かす医者として放ってはおけない。
「お願いします、先生……」
 年配の女性の声。無駄に手っ取り早いやつだ。俺は衝動的にドアを開け放っていた。声の主の、やはり年配の女性が少し驚いたように俺を見ている。こっちに背を向けていたやつは、振り返ってやはり目をむいた。
「っ、ユウシ!?」
「十日も経たないうちに再会たあ、ずいぶんとめずらしいな。また殺しか」
「ふん、お前には関係ない」
 少し歩を進めると、やつの前にはベッドに横になっている、女性と同じくらいの年齢に見える男がいた。多分、この男が患者だろう。いや、被害者か?
「ところが関係なくはないんだなあ。偶然にしろ、俺は生かす医者だ。目の前に命を絶たれそうな人間がいて、黙ってると思うか?」
「俺の仕事を横取りする気か」
「それで命が助かるんなら、そうするね」
 いつもよりも低い声で言われて、少し驚いたが顔には出さない。気づかれないよう、普段どおりに軽くあしらった。
「奥さん、ちょっと体を見てもいいですか?」
「え? ……あ、ええ、どうぞ……」
 俺がどういう人間なのかは知らないらしい。もし俺が殺人者でも、いずれ死ぬ運命だからと、旦那に近づくのを許すだろう。まあ、俺は殺人者じゃないが。
 俺は眠っている男の腹を見た。……これか。
「スラナ、とりあえずは診察ぐらいしたんだろう? 病気は何だい」
「現役の医者が何を言う。……肝硬変だ。見てのとおり腹はふくれ、静脈が浮き出ている。ガンになっている可能性もある。どちらにしろ、手術はひつよ……」
 やつが慌てて口を押さえるのを、俺は見逃さなかった。つい笑声が漏れる。
「ははっ、スラナ、お前なんだかんだ言っといて、結局は助けたいんじゃないのか? 手術の話を持ってくるとは」
「お前がいるから昔の状況を思い出しただけだ……。今は意識はないが、その患者も安らかな死を願っていた。彼女もだ。俺は患者の意思を尊重するからな」
 まただ。
作品名:砂色世界の救命師 作家名:透水