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マクリールの結婚

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 パルメシア連合王国の東。大いなる海を預かる「海原の領主」――……マクリール一族が、代々住まいとしている小島の海際に立つ館の広い敷地は、そのおよそ三分の二を緑生い茂る庭が占めていた。
 先々代の当主が植物学を趣味としていた所為もあり、その庭にはこの地のものだけではなく、様々な異国の珍しい植物が生い茂っている。その為、春から夏にかけて盛りを迎える花の季節の景観は美事の一言であり、まるで聖書にある楽園のようだ、と言う噂を聞いて「旅のついでに一目見たい」と訪れる旅人も少なくはない。
 そして、一見何処の林か森かと誰もが見間違うその広大な庭の片隅に立つ、長く伸ばした黒髪を首の後ろで一本の三つ編みにまとめた少女は、胸のうちでこっそり溜息をついた。
 綺麗なものや珍しいものは、嫌いではない。
 嫌いではないがしかし、人探しするにはなんと向かない庭なのだろうか。

「あーもうっ!ハルさまー!ハルちゃん、ハルさまってば、どこに行っちゃったのぉ〜〜!!」

 きぃ、と叫んで髪をかきむしる。乱れた三つ編みもそのままに再び歩みを再開させるものの、どこか行く当てがあるわけではない。
 この館の主である領主の姫二人のうち、今年で十を数える姉娘の方がふいと誰にも何も言わずに姿を消したのがつい先ほどのことで、少女はその館の姫に仕える数多い召使のうちの一人である。直属の上司でもある兄から居なくなった姫を探せと言い付かってはきたものの、そのお転婆の噂は領地の外にまで及ぶと言われる、正に自由奔放を絵に描いたような己の主のことだ。おいそれと見つかるようなところに居てくれるはずもない。
 まったくもう、だのどうしてこんなことに、だの、ぶつくさぼやきながら庭にやってきたのは、それでも幼いときから主に仕えてきた経験によるものである。
 己の主はこの広大な庭を、それはもう年端もいかず、よちよち歩きしかできなかった頃からの気に入りとしていたので。
「レヴィ」
 そして、ふと己の名前を呼ばう声に、少女……レヴィは、きょろきょろと辺りに投げていた視線をふいと前に向けて顔を上げた。
 他のどの樹木より一際高くて目立つ、春になると薄紅の可憐な花をたくさんつける館のシンボルツリーの下。己とそっくり同じ格好をした双子の姉の姿が見えれば、ああ、と息をついて駆け寄る。
「アディ!ハルさま見つかった!?」
「いや、見つかったというかなんというか……」
「ちょっと、はっきりしないわね!見つかったの?見つからないの?どうなのよ!!」
 片手を挙げて出迎えたアディの、なんとも歯切れの悪い言葉に、レヴィはイライラと言葉を投げた。
 館の召使の全員が、きちんと身につける決まりになっている。揃いの制服の腰に手を当て、じっとりと己を睨んでくる自分と同じ顔をした妹に溜息をつき、アディは諦めたように妹を出迎えた片手でそのまま上を指差した。
 上?と首をかしげたレヴィは、姉の指の先を視線で追って、次の瞬間ぎょっと目を見開く。
 春の花の季節はもう終わり、今は初夏の青々とした葉を枝と言う枝にたっぷりと茂らせた木の、遥か上。
 折り重なる枝と枝の合間に、宝石細工が施された留め金のついたブーツに包まれている、細い、どう見ても子供のものと思われる足が二本、にょっきりと無造作に何もない空中へ突き出されているのを見てしまえば、そうしない訳にはいかなかったのだ。
「は、ハルさまぁああああああ!?」
 空中に突き出されている足の元を慌てて視線で追って、天辺近くの細い枝、今にも落ちそうな風情ながらも、のんびり足をぶらぶらさせつつだらりと腰掛けている子供の姿……つまりは己の主の姿を確認すれば、レヴィは脳天から突き抜けるような甲高い悲鳴を上げた。
「ちょ、またそんなとこに、いやぁあああああすぐ降りてッ!ハルさま今すぐ降りて!!降りてったらーー!」
「レヴィ!!大きな声を出すんじゃないよ!!ハルがびっくりして落ちたりしたらどーすんだいッ!」
「なんだ、その大声はレヴィだな。やれやれ、なんとも面倒な面子が揃ったものだ」
 騒ぐ妹の口を手で塞ぎ、しーっと唇に指を当てて諌めたアディの頭上から、彼女らの主がけらけらと笑い声を響かせたので、レヴィはむっとして主を睨んだ。
 樹上の主が身につけているのは、色あせた麻のシャツに、館の小姓の制服に指定されている丈夫なだけが取り得の黒いズボンである。貴族の娘が着るものとしては甚だ相応しくないその格好を、この姫は好んでした。その格好にあわせてか短く切りたがる髪は、今は辛うじて長く伸ばされてはいるものの、手入をされるのを嫌うので、結い上げることもせず日差しへ藍色に乱れ散るままに任せている。
 一見すれば、ただ髪が長いだけの少年のようだ。レヴィは、主のその姿を目にするたび思う。それなりに装えば、領地どころか国中に名が響き渡ってもおかしくない程愛らしい姫(と、レヴィは信じている)だというのに、今の己らの主は、知らぬ人が眺めればその性別すら疑われかねないほど、どうみても立派な「少年」だった。
「今更レヴィの大声なんかで落ちたりするものか。それよりお前たちも登って来たらどうだ?今日の船団の訓練は、なかなか見ものだぞ」
「なに呑気なこと言ってんの!ハルさま、今日が何の日だか解ってるんですか!?今日はハル様とルミ様の……」
 なんとも危なっかしい姿勢で細い木の枝にぐにゃりと腰掛け、まともに装えば花のような整った愛らしい顔に、今は子供らしからぬ皮肉な微笑みを浮かべて己らを見下ろす主に、レヴィは眉間に皺を寄せながら言い返した。
 側近の言葉を受けた主は、再びけたけたと笑い声を上から降らせながら、視線を館を囲む高い塀の外、遠い海の向こうにやる。
「解ってるぞ。ソラリス島の貴族の息子が来るのだろう?父上が言っていたぞ。その馬の骨を私かルミネリアか、どっちかの婿にするのだとな」
「ハル!!馬の骨だなんてそんなこと、言っちゃだめだよって今朝も教えたじゃないかっ!!ソラリス島つったら、領内でも一番古いお家柄の名士だよっ!?」
 己の隣で姉が拳を振り上げて怒るのに、レヴィも顔をしかめながら頷き返した。
 現領主の妻……つまり己らの主の母親が泉下の人となった昨年の秋、後添いを娶ることを良しとしなかった領主は、妻との間に生まれた十歳と八歳の娘二人のどちらかに婿を取り、その婿に領主の座を譲ることを決めた。
 そんなお触れが出されれば、色めき立ったのは「海原の領主」ことマクリール家に代々仕えてきた、領土各地方の下位貴族達である。王に近い権力を持つ連合王国の領主の座に、絶え間ない羨望の眼差しを送り続けてきた彼らは、年頃の子息を抱えた家はもとより、適当な人間の居ない家も遠方の親戚から養子を取るなどして無理やり婿候補を仕立て上げ、「我こそ姫の婿に」と領主の館へこぞって身売りにやってきた。
作品名:マクリールの結婚 作家名:ミカナギ